事例紹介

自治体の取りうる今後の国際協力の在り方について~松戸市が行うドミニカ共和国への梨栽培支援を通じて~

 福祉、教育、保健医療等生活に直結する課題がある中で、住民生活へ貢献が明確になりにくい国際協力事業は、地方自治体が取り組みに距離をおきやすい傾向があると思われます。そのような中、自治体はどのように国際協力を進めているでしょうか。

 今回取材しましたのは、千葉県松戸市の『梨を通じたドミニカ共和国との交流事業』です。この事業は平成28年に開始し、令和4年11月30日にドミニカ共和国コンスタンサ市とのパートナーシップ協定締結へと繋がっています。しかし、松戸市は開始当初から明確なビジョンを掲げていたわけではありません。開始後、模索しながら進めてきた経緯と自治体が行う国際協力の位置づけについて見ていきたいと思います。

 

●梨に魅了されたドミニカ共和国駐日公使

 交流のきっかけは平成27年外務省共催「駐日外交団地方視察ツアー」の対象地域への採択です。34か国の大使館関係者に松戸市の重要文化財や特産品を紹介した際、ドミニカ共和国の駐日公使が松戸市の梨を大変気に入り、自国での栽培を希望しました。

 その後、ドミニカ共和国で開催された同国主催の輸出フェアに招待され、松戸市の副市長を団長とする訪問団が平成28年6月に訪問。訪問時に梨の栽培可否を検討するため、松戸市観光梨園組合連合会会長も同行し、現地調査を実施しました。当時松戸市は友好の証として、梨の苗木を送る取り組みを想定しており、長期的な事業となる見込みは持っていませんでしたが、その後ドミニカ共和国から梨の栽培技術指導も依頼され、同年11月にドミニカ共和国農地庁長官が松戸市を訪問。松戸市は「本市は梨の苗木の育成に関し、専門家の派遣・研修員の受入れ等を通じて技術指導を行い、ドミニカ共和国農地庁はその指導のもと育成・研究に努め研究成果を公表することとし、今後については研究成果をもとに方針を別途協議する。」という内容で覚書を交わしました。

 

●事業の第一歩に『モデル事業』を活用

 前例のない交流事業を開始にするにあたり、平成30年度に当協会の自治体国際協力促進事業(モデル事業)を活用し、ドミニカ共和国の農地庁をカウンターパートとした交流事業を開始しました。

 まず、事業開始のため、海外に種や苗木を持ち出すには2つのハードルがありました。

 1つ目は、品種の育成者権です。品種には育成者権があり、ドミニカ共和国に持ち出しする際に許可が必要でした。松戸市の梨園の顧問を務める方が個人的に権利を有していた「秋のほほえみ」「秋ゴールド」が植物検疫の条件を満たしたため、その方から許可を得て持ち出すことが可能となりました。

 2つ目は植物検疫です。世界中の国々では各々植物の病害虫が国内に侵入することを防ぐための植物検疫を行っていますが、ドミニカ共和国も同様に実施しております。交流事業開始時にドミニカ共和国に上記苗木を送ったところ、検疫条件を満たしていたにも関わらず60本のうち、25本しかドミニカ国内に持ち込むことができませんでした。以降、苗木ではなく、より持ち込みやすい種を送付することで品種を供給することに成功しています。

 

 先の現地調査により梨栽培に適した地域としてコンスタンサ市に決まっていたことから、その市にある150ほどの農家にお声掛けしたところ、参加を希望したのは5軒でした。松戸市はまず、年に2回、専門家を派遣し、育成確認や技術指導、セミナー等を定期的に行いました。その後、2週間程度ではありますが、ドミニカ共和国から農地庁職員を受け入れ、千葉大学園芸学部教授が梨栽培について講義を実施することなどが追加され、交流が進んでいきました。そうしたやり取りが続いた結果、令和元年は5個、令和2年は17個の梨を収穫することができ、ようやく梨栽培を通じた交流が軌道に乗り始めました。

 

  

     写真1:平成30年10月本邦研修            写真2:令和元年10月初めての収穫

 

●コロナ禍での政権交代

 新型コロナウイルス感染症拡大により現地への専門家派遣が中断され、農地庁と連絡が取りにくくなっておりました。その中で、令和3年8月にドミニカ共和国で政権交代があり、農地庁職員が総入れ替えとなる事態が発生しました。これまで連絡を取っていた職員との関係性が途絶え、令和3年の収穫実績が把握できないなど、ようやく軌道に乗り始めた事業が断絶しかねない状態となりました。

 そのため大使館を経由する、またそれがだめならば現地在住の日本人に連絡し、ドミニカ共和国と連絡を取ることを試み続けました。その甲斐もあってか、なんとか連絡を取ることができ事業断絶の危機はなくなりました。

 また、このような経緯の後は、農地庁の新しい職員は以前にもまして事業に関心を持ってもらうようになり、灌漑施設の修理などに予算を確保してもらえる、駐日ドミニカ共和国大使が松戸市の梨狩り体験をするなど、ドミニカ共和国との交流を深化することが出来ました。

 なお、今後も政権交代が起こり得るため、松戸市は毎年農地庁や政府の方を招聘している栽培の研修に梨農家の方々も招聘することを検討しているそうです。

 

  

    写真3:駐日ドミニカ共和国大使による        写真4:駐日ドミニカ共和国大使による梨園視察

        松戸市長表敬訪問 

 

JICA『草の根技術協力事業』採択と今後の展望

 平成27年に手探りでスタートしたこの事業も徐々に軌道に乗り、令和4年にはJICAの草の根技術協力事業に採択されました。これによりコンスタンサ市に松戸市の駐在員が配置され、常時監督指導が可能となりました。梨の木は良い枝に栄養が行くために剪定が必要ですが、年2回の専門家派遣では十分に管理が出来ていませんでした。また、農地庁とも話がかみ合わないことがありましたが、現地駐在員が間に入ることでコミュニケーションが円滑化され、令和4年はコロナ前の水準には及ばないものの、10個の梨を収穫することができました。

 現在、最初に送った苗木のうち6本が残っており、この苗を大事に栽培する必要がありますが、梨園の規模を大きくするまでにはまだまだ時間がかかり、指導を継続する必要があります。最終的には、ドミニカ共和国が独自で栽培、収穫ができるようになることが必要であり、ドミニカ共和国としては、まずは甘くて病気に強い『秋のほほえみ』の栽培の拡大を目指しております。

 また、梨の栽培が進み始めたことから、イチゴの栽培も希望しており、植物検疫、品種の育成者権のハードルがあるので、ドミニカ共和国に既にあるイチゴの、適正な環境や手入れ方法を指導することから検討を進めております。

 

   

      写真5:梨の専門家による指導            写真6:草の根技術協力事業ローンチング

 

●松戸市のメリットは何か

主な事業目的はドミニカ共和国の産業振興へ寄与し、農村における貧富の格差を埋めることですが、これはドミニカ共和国にのみ利益のある一方的な支援ではありません。松戸市としても、以下のようなメリットを見出しています。

松戸市では72あった梨園が15年間で47まで減少しており、梨栽培の技術伝承が課題となっています。伝承先が海外でも、市の文化を守る大切さに変わりはありません。『海外に伝承された梨』という事実は、市内農家の誇りとなり、梨を作り続けるモチベーションに繋がると考えています。また、ドミニカ共和国で梨の栽培が成功し、北米や欧州への輸出が出来れば、松戸市の梨のブランド力や国内市場価値の上昇が期待できます。ちなみドミニカ共和国では、松戸市から送られた品種「秋のほほえみ」を松戸市の梨と分かるよう、「Amigo Matsudo」と名称変更をすることを検討しているそうです。

また、交流を続けることで、市民が異文化に触れる機会を得られることや、近時増えてきている外国人住民に対する多文化共生面での貢献も期待されています。松戸市は、この交流事業をきっかけに、内なる国際化からグローバル化に繋げていきたいとも考えています。

 

●最後に

 松戸市とドミニカ共和国は、梨の交流事業にとどまらず、消防局員の派遣による消防用ポンプ自動車操作技術及び救助技術指導、東京オリンピックのホストタウンとしての交流などまで拡大しており、梨の栽培を行っているコンスタンサ市とは、農業、スポーツ、教育、文化、環境の5分野でのパートナーシップ協定を締結するまでに至っております。

松戸市の場合、梨の苗木を贈るという国際交流として想定していた事業が国際協力へと昇華し、様々な事業へ波及しております。財源や人的資源に制約のある地方自治体において、こうした思い切った事業の立ち上げはなかなか真似できるものではありませんが、こうしてスタートした事業が他分野に波及し、都市間交流の深化や住民の国際理解につながる事例はモデル的な事例として参考になりうるのではないでしょうか。また、以前の国際協力では、先進国から途上国の課題解決に寄与する一方的な支援というイメージが強かったですが、近時は双方にそれぞれにメリットが求められています。ただ、国際協力による双方のメリットを最初から明確に見出すことは難しく、事業を進めることで、徐々にメリットが見えてくるということもあるのではないかと思われます。そのためにも、未来の可能性を見据えて、小さなことから行動し始めることが大切なのかもしれません。

 

                           現パリ事務所 所長補佐 永井(元経済交流課 主事)

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