事例紹介

アフターコロナのNew Destinationドライブ旅行プロモーション(新潟県)について

1.序論

 2023年4月の訪日外客数は、2019年同月比66.6%の1,949,100人(推計値)と、日本政府観光局(JNTO)から発表され、昨年10月11日の入国者数上限撤廃、ツアー旅行以外の個人旅行客の入国が解禁されて以降わずか半年でコロナ前の7割に迫る水準にまでインバウンドが戻ってきていることが分かった。

 また、2023年2月には同シンガポール事務所が主催する「Japan Travel Fair」やNational Association of Travel Agents Singaporeが主催する「NATAS Travel 2023」が3年ぶりに当地で開催され、日本から多くの観光事業者や地方自治体等がブースを出展し訪日旅行に関心をもつ一般消費者に向けた情報発信、旅行商品の販売が行われた。

 このような中、新潟県ではアフターコロナの旅行形態の多様化、地方ニーズの高まり、訪日旅行の単価の高騰見込みを踏まえ、シンガポール市場の高所得者層に対して訴求力が高い「ドライブ旅行」をテーマにしたプロモーションを現地旅行代理店と協力して実施したところ、単年度でありながらこの事業で造成された旅行商品の販売額が総事業費を上回る成果があったという。

 今回は、この事業を担当された新潟県観光文化スポーツ部国際観光推進課 青木 成史主任にオンラインでお話を伺った。

 

2.本論

⑴シンガポールを対象国とした理由

 新潟県の国・地域別外国人延べ宿泊者数は、1位 台湾、2位 中

国、3位 香港と続き、シンガポールを含む東南アジアは5位でそ

の割合は全体の8.1%と多くはない。

 ただ、実はコロナ前のシンガポールからの宿泊者数は大きく成

長し、2019年には、前年比80%以上と、本県にとっては非常に

有望な市場であると捉えていた。

 

 

 

 

 

※出典:新潟県観光立県推進行動計画(2022年3月)

 

【新潟県へのシンガポールからの延べ宿泊者数】 

暦年

2017年

2018年

2019年

人泊

5,990

8,050

14,520

※出典:観光庁「宿泊旅行統計」

 

⑵ドライブ旅行をテーマに選んだ背景

 地方における観光の課題のうちの一つとして、「二次交通」問題が挙げられる。県内に魅力的な観光施設、コンテンツがあるにも関わらず、それらを周遊するための交通手段の利便性が低い。特に、日本の交通事情に不慣れな訪日外国人にとっては大きな問題である。

 一方で、シンガポールではかねてより旅行者が旅行先でレンタカーを借りて観光・滞在するドライブ旅行のパッケージがあった。同国の制度上、高所得者でなければ自動車を保有することが難しい事情があること※1、また、日本同様の右ハンドル、左側通行といった交通事情等を踏まえて決めた。

 

※1グローバルマーケティングラボシンガポールの交通事業(https://www.global-marketing-labo.jp/column/?id=1582000809-996724)国内の車両台数の総数を規制するための制度や輸入関税、消費税ほかが課され日本での車両購入額の5倍程度の支払いが必要となる。

 

⑶各事業について

 ①旅行代理店の県内視察(ツアー)と旅行商品の造成

 高所得者層向けの訪日ドライブ旅行を中心に取り扱う現地の旅行代理店であるFollow  Me  Japan(以下「FMJ」という。)のスタッフを招き県内視察(2022年7月5~9日、招へい者1名)を実施し、2022年秋と2023年春のドライブ及びバスツアーを造成。

 

 とりわけここで意識したのはマーケットインの発想で、顧客特性を理解しているFMJのスタッフとしっかり意見交換をしながら、視察前から入念に視察先を選定することで効率的な視察を行うことができた。また、単純にコンテンツを見せるというよりも、地域の深いストーリーに関心を持つシンガポールの高額所得者の志向に合わせて地域を誇りに思う住人と話す機会を設けることに重点を置いた。これにより顧客志向に合わせた商品造成が可能となり、送客数を確保することができたと考えている。

 

 ②旅行代理店の顧客を招いた旅行商品説明会の開催

 デスティネーションとしての新潟県の魅力と、造成商品をPRするための顧客向け現地セミナー(旅行商品説明・販売会)を開催するとともに、旅行代理店のWebサイト等でもプロモーションを実施。

 

  【セミナーの概要】

   会 場:InterContinental Singapore

   日 時:2023年1月14日

   参加者:FMJの顧客 約70名

   内 容:FMJスタッフが、顧客に対して、造成した旅行商品の内容をプレゼンテーションで紹介し、その場で予

       約まで受け付ける。なお、新潟県知事が現地を訪問しトップセールスを行った。

 

 

  【FMJのWebサイト等での情報発信】

   上述の説明会においてほぼすべての枠が売り切れとなったため、Web掲載は(full booking)(Limit

   Availability)と表示されている。

 

⑷結果、事業成果

 コロナの影響から長く停止していた訪日旅行市場において、訪日再開後のトレンド予想やシンガポール市場の特性を踏まえて、訪日再開の具体的な見込みが立つ前からいち早く着手したことで、以下のような成果が得られた。

 

 【商品造成数及び送客数】

実施時期

旅行形態

県内泊数

送客数

(見込み)

2022/秋

ドライブ

5泊

16

2022/秋

バス

5泊

10

2023/春

ドライブ

4泊

(10)

2023/春

バス

4泊

(12)

※2023/春商品の送客見込みは2023年1月18日時点のもの。

※商品はいずれも高価格帯のものであり、新潟県における直接消費だけでも本事業費を大きく上回る見込み。

 

⑸本事業に関連したその他のインバウンド施策

 ①デジタルマーケティング

 新潟県は、クールジャパン戦略を加速するデジタルマーケティング先進事例を表彰する「クールジャパン&デジマケアワード2022表彰式」において、「訪日外国人旅行者を新潟県に呼び込むためのオーガニックでサスティナブルなデジタルマーケティング」が最優秀賞に選ばれた。特にコロナ禍からデジタルマーケティングに注力しており、インバウンドの文脈でこの事業に繋がるものとしては、インターネット上にいくつかの異なるテーマのバナー(ディスプレイ)広告を出稿し、その反応をモニターしてシンガポール市場をはじめターゲットとなる各国毎の特性を導き出している。一方で、日常的に直接消費者の声を得ている旅行代理店やメディアから定性的なデータも集め、さらに職員がこれまでに現場で事業実施をする中で蓄積してきた知見を総合的に踏まえて、市場特性を分析している。

 

②観光レップ

 シンガポール、タイ、香港、上海、台湾に観光レップを設置しており、インバウンドのセールスやプロモーション等に関する業務を委託している。シンガポールでは2018年から同じ会社と継続して契約をしており、このことで現地の関係機関や旅行会社ほかからも同社が新潟県の観光レップであると認知していただいていることがスムーズな事業展開に繋がっている。また、本事業で商品造成、販売を行っていただいたFMJについても当該観光レップを通じて、どのような連携が可能か現地での相談窓口を担っていただいており、現地に観光レップを置いている意味は大きい。

 

③プロモーションアドバイザー事業、経済活動助成事業

 コロナ禍の2020年度に「プロモーションアドバイザー事業※2」を活用して、専門家から「地域の魅力を伝えることの大切さ」、「高付加価値化」、「ターゲットの絞り込み」などの助言を受けたことは、今回の事業立案の参考となった。また、合わせて2022年度は「経済活動助成事業※3」を利用させていただき、事業費を削減することができた。

 

※2 プロモーションアドバイザー事業 (https://economy.clair.or.jp/activity/dispatch

   海外プロモーションについて専門知識を有する「プロモーションアドバイザー」を希望する自治体に派遣し、自治体が実施する海外プロモーション(海外販路開拓、インバウンド観光対策及び地域の伝統文化の発信)に関する助言等を行うもの。

 

※3 経済活動助成事業(https://economy.clair.or.jp/activity/grant

   自治体が海外販路開拓又はインバウンド誘致に関して実施する事業のうち、事業実施により将来的に経済効果が見込まれ、他の自治体の取組の参考になることが見込まれる事業に対して助成を行うもの。

 

下:青木 成史主任

 

3.結論

⑴執筆担当所感

 青木様は、新潟県内の学校法人 新潟総合学園 事業創造大学院大学にて2019年3月にMBAを取得されており、本事業においてもその随所に経営理論が取り入れられていることが特に印象的であった。

 ここで、今回の事業で造成された旅行商品の販売総額が単年度事業費を上回るという目覚ましい成果があった要因として、筆者なりに三点を挙げたい。

 

①徹底した事前の市場分析

 データマーケティングによる定量分析だけでなく、消費者ニーズや担当職員のこれまでの知見といった定性分析も併せた市場分析から対象国をシンガポール、対象者を高額所得者層として定めたこと。また、都道府県の中で5番目に県域が広いという点と合わせて県内の二次交通の脆弱性が目立つといったこのウィークポイントをレンタカーでのドライブ旅行という手法で補い、広域的に存在する県内各市町村の魅力的な観光資源の周遊を可能にした。この発想はユニークでありながらも、緻密な戦略にもとづいている。

 

②コロナ禍の取組

 コロナ禍で直接的な事業実施をすることが難しかった2年前から「プロモーションアドバイザー事業」を活用するなどし、コロナ後のインバウンド再開に向けた準備を行い、歩みをとめなかった姿勢が、タイミング良く2022年度中に市場ニーズを満たした商品を投下できたことに繋がっている。今か今かと海外旅行を待ちわびていたシンガポールの方に対しベストタイミングで2022年秋ツアーを投入できたことが販売総額を押し上げる結果に結びついたのではないかと推測する。

 

③有力な事業パートナーの存在

 この事業では有力な事業パートナーとして、現地の観光レップの存在が大きかったと考えられる。観光レップは、過去5年間で現地の関係機関等と信頼を築いており、さらには現地の窓口として今回の商品造成、販売をしたFMJとの調整役も担っている。特に、ドライブ旅行という商品をこの事業が開始される前から販売していたFMJを事業パートナーに選定したことで、新潟県のターゲットと合致したこの代理店の顧客(高額所得者層でかつドライブ好き)に対し、容易にアプローチすることができた。旅行代理店の顧客特性と新潟県のターゲットを同じ領域としたことで、直接的にターゲットへアプローチすることができている。これは単年度の事業成果を上げるうえでの効果的な手法ではないだろうか。

 

⑵おわりに

 地域や対象国を徹底的に分析し、訪日旅行再開を見据えてコロナ禍も準備を進め、有力な事業パートナーを選定できたことで、大きな成果があった新潟県の事業であるが、ここまでのアプローチは他の自治体でも参考になるものが大きいと考える。このような事例をもとに訪日外客数が急速に戻る中、日本各地で異なる特徴をもつ地域が、それぞれの地域ならではの魅力を見出し、他の地域とは違うユニークな取組が生み出されることを期待したい。

 

ニューヨーク事務所【元経済交流課】 光永(大分市派遣)

※取材:2023年3月、編集:2023年5月

 

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