●はじめに
自治体による財政的・人的資源が制限される中、地方自治体による国際協力の取組はますます難しくなっています。このような中、地方自治体は、国際協力の取組をきっかけに地域に人を呼び込んだり、住民の国際理解を推進するなど、途上国に対する一方的な「支援」ではなく、双方向にメリットのある協力の形を日々模索していますが、こうした取組を継続性をもって続けることは、簡単なことではありません。
こうした状況の中で、長野県駒ヶ根市では、2008年から15年に渡り、ネパール・ポカラ市において高い妊産婦・乳幼児死亡率の課題に取り組む「母子保健プロジェクト」を実施してきました。現地で妊産婦のための病院建設を支援し、研修を通して病院スタッフの質を上げるとともに、地域住民への健康教育活動などにも取り組んでいます。
また、自治体同士の協力のみにとどまらず、住民が主体的に協力活動に参加する「民際協力」に力を入れていることが挙げられます。今回はこの駒ヶ根市の取組について駒ヶ根市担当者及びネパール・ポカラ市における母子保健プロジェクトの主体となっている市民団体「ネパール交流市民の会」にお話しを伺いました。
●駒ヶ根市とネパールの深い関係
駒ヶ根市には、全国に2か所しかない「青年海外協力隊」の訓練所があります。
青年海外協力隊員候補生たちは現地派遣時に必要となる外国語能力を養うため、およそ70日間にわたり長野県の駒ヶ根市、福島県の二本松市いずれかの訓練所で訓練を受け、世界へ羽ばたきます。そのため駒ヶ根市は1980年代から訓練所を活かし、訓練生と住民の交流を進める「協力隊週間」を設けて、交流イベントを実施したり、地域の子ども達を訓練所に体験入隊させるなどして、市ならではの国際的なまちづくりを進めてきました。
今回のテーマである、ネパール・ポカラ市での母子保健プロジェクトが始まったのも、この流れを受けたものです。これまで駒ヶ根市での訓練を経て多くの隊員たちがネパールに派遣されてきましたが、そうした元隊員のネパールでの活動に駒ヶ根市の青年会議所が支援したことがきっかけで1990年代に市とネパールとの交流が開始します。
1995年には「中学生海外派遣国際交流事業」を通じ、毎年10名程度の子どもをネパールを中心に海外研修に送り出すようになりました。こうしてネパールとのつながりが深まる中、駒ヶ根市と自然環境が似ているポカラ市との姉妹都市提携の話がもちあがり、2001年、駒ヶ根市とポカラ市の国際協力友好都市協定が締結されました。
駒ケ根青年海外協力隊訓練所 中学生体験入隊 訓練生との交流の様子
●ポカラ市での「母子保健プロジェクト」
ネパールでは、妊産婦・乳幼児死亡率が課題になっていました。駒ヶ根市とネパール交流市民の会はポカラ市の要請を受け、2008年に「母子保健プロジェクト」の取組を開始します。当初はネパール交流市民の会が救急車と医療機器を寄贈し、2012年には外務省の「草の根無償資金協力」が受けられるようポカラ市を支援し、村落地域に母子友好病院建設のサポートをしました。しかし設立当初、この病院は知名度が低く、なかなか活用されていない上、医療レベルも課題があり、住民の信頼を得られるものではありませんでした。
こうした状況もあり、2014年から2021年にかけて2期に渡ってJICAの草の根技術協力支援事業に申請、採択され、母子友好病院のスタッフの質の向上、地域住民に対する健康教育などに取り組んできました。
●コロナ禍での苦悩
2020年、2021年には、クレアの「国際協力促進事業(モデル事業)」の助成金に申請、採択されました(※)。当初は、母子友好病院の看護・助産師たちを市に招聘し、市内の助産施設や看護大学などで妊娠・分娩期のケアに焦点を当てた研修を行うことで、母子友好病院での研修の指導者養成を目指していました。
そこで起こったのが、新型コロナウイルス感染症です。2021年、本モデル事業では16の自治体の国際協力事業が採択されていました。しかしコロナ対応等により自治体の業務量が急増し、政府の水際対策などにより海外渡航も困難になる中、多くの自治体は国際協力事業を断念せざるを得ない状況となり、3つの自治体を除いて、ほとんどの自治体が事業辞退を余儀なくされました。
このような状況の中でも諦めず、事業を続けた3つの自治体のうちの一つが、駒ヶ根市でした。駒ヶ根市は、渡航制限を受けて速やかに研修スキームを見直し、オンラインでの研修に切り替えました。地域の看護大学や助産院、マタニティクリニックのスタッフなどを講師とし、画面をとおして、分娩期の助産診断、分娩介助について研修を行いました。
(※)クレアのモデル事業では、他の助成金との重複助成は認められていませんが、本件では新型コロナウイルスの影響により草の根事業の終期が延長された関係で、一部重複期間が認められています。
クレアのモデル事業の中で実施したオンライン研修の様子
●オンライン研修を成功させたコツ
手探りで始めたオンライン研修でしたが、結果的に渡航研修よりも多くの病院スタッフに参加してもらうことができ、オンラインの強みを存分に生かした研修になりました。
駒ヶ根市と「ネパール交流市民の会」は、オンライン研修をその場限りの研修機会とするのではなく、また、知識・理解偏重型の研修とするのでもなく、研修前の準備や研修後のフォローを充実させることで、より効果的・実践的に研修効果を上げる方法を検討しました。
研修員は、オンラインの研修を受ける前に事前にトレーニング動画を視聴します。例えば妊婦の「フットケア」がテーマの研修では、事前に日本側の協力医療機関が制作したフットケアの動画を見て理論や基礎のスキルを学びます。そして、オンライン研修時には研修員自身が事前に学んだ知識を総動員しながら実際にフットケアを行い、その様子を日本側の専門家が視聴し、適宜アドバイスを行います。こうすることで知識として身につくだけでなく、より実践的なスキルにつなげたのです。
また、研修後にも、研修員及び講師たち医療関係者でSNSのグループを作り、研修員たちが各自、自宅や病棟などで、学んだことを実践している映像をグループに投稿、専門家が継続的に助言等のフォローを続けました。こうすることで、研修員と専門家の関係性を深く、継続的につなぎ、日々の業務での課題などを共有・相談できる場ができたのです。
●自治体間協力だけではない、住民を巻き込んだ「民際協力」
駒ヶ根市の「母子保健プロジェクト」の素晴らしい点のひとつに、この事業は自治体間交流だけではない、という点が挙げられます。
先ほどから述べているように、プロジェクトには多くの医療関係機関が関わっています。支援者として関わっている日本側の医療スタッフたちも、この事業を通して得るものがあるといいます。
例えば、異国の医療設備の十分でない状況における出産、子育てを学ぶことで、災害時など、物品や情報が限られた状況での助産行為や子育て支援について考えるきっかけになったといいます。また、研修を通してポカラの母子保健スタッフたちが学び、その学びを実際に現地で実践していることが、講師としてかかわったスタッフたちの自信につながり、日々の活動へのモチベ―ションにもなるそうです。
また、医療関係者だけではなく、一般の住民の方もプロジェクトに参画しています。
市の高齢者施設や総合病院では、お年寄りたちがポカラ市の母子にプレゼントするための手編みの帽子や下着などをつくる活動を行っています。当初は地域の趣味の会の方々が、手芸で作ったものをポカラ市の母子にプレゼントしたことがきっかけです。この取組が時間をかけて認知されるようになり、高齢者施設などでも取り組まれるようになりました。また駒ヶ根市にある総合病院では、この取組がリハビリの一環として取り組まれています。
では、なぜここまで広がったのでしょうか。市やネパール交流市民の会がこうした取組を広げるため、意識的にメディアやSNSを活用して広報をおこなってきたのがひとつの理由でしょう。しかしながら、何よりも、こうした活動に参加されるお年寄りが、「私が趣味でやっていることが、人の役にたっている」「この歳になって、人の役に立てている」と喜びを感じ、こうした活動がお年寄りの生きがいにつながっているからではないでしょうか。駒ヶ根市は、こうしたプレゼントの作り手の方々と、ポカラ市でプレゼントを受け取る方々を時折オンラインでつなぐ交流会を開催しています。こうして、プレゼントを受け取った方々が喜んでいる様子を実際に見て、作り手の方々も強くやりがいを感じながら、取組を続けることができるそうです。今ではこの取組は市外にも広がっています。
手作り出産祝い品の帽子とカード 作り手の皆さん
「民際協力」は、これだけではありません、駒ヶ根市の小学校では、生徒によるアルミ缶募金、また、歌声喫茶での募金の呼びかけなどを行い、集めた寄付金をポカラ市の母子友好病院に送り、病院の施設の改善につなげています。母子友好病院で、子どもが寝転がったり遊んだりできるキッズコーナーは、駒ヶ根市の小学校の子どもたちの寄付金活動によって実現したものです。
また、お年寄りの方たちが作ったプレゼントは、冒頭で説明した「中学生海外派遣国際交流事業」でネパールへ派遣される子ども達がポカラ市へ届けます。
こうして駒ヶ根市では、老若男女が、気軽に国際協力に取り組める機会をつくりだしているのです。
ポカラ市母子友好病院のキッズコーナー
●今後の展望
ポカラ市での母子保健プロジェクトは、2023年、新たにJICAの草の根事業(2年6ヵ月)に採択されました。これまでは妊娠期、分娩期などの母子が直面する各段階におけるケアの向上に取り組んできましたが、新たなフェイズでは、「切れ目ない継続ケア」を最終的な目標として、家から保健医療施設までの「空間的」、妊娠期から産後までの「時間的」継続性を確保することを目指します。その手段として、いわゆる「母子手帳」のような媒体をネパールで普及させることを目指します。予防接種記録や、体重の推移など、母子の健康に関する記録を一冊に集約することで、関係機関が継続性のある対応をとることができるようになります。
ただ、母子手帳を開発しても、関係機関にその有効性が認知され、活用されるようにならなければ意味がありません。これは事業対象地だけでなく、自治体全体そして、政府レベルの取り組みが必要になる話で長い道のりです。駒ヶ根市の「母子保健プロジェクト」としては、これを実現するための第一歩として、地域の診療所や病院から配布された母子の健康に関する書類を一括ファイリングした母子健康記録帳の普及と、この情報の活用方法を関係機関に啓発することに取り組みたいと考えているそうです。
●おわりに
2008年、駒ヶ根市の支援によりポカラ市に設立された「母子友好病院」は平屋の1階建てでした。事業の変遷とともに機能が充実し、増築が重ねられ、今では3階建てとなりました。SNCU(特別新生児治療室)も併設され、リスクのある患者の受入れも可能となりました。当初1名だった産科医師も3名まで増え、患者数も大きく増加し、「ネパール交流市民の会」を中心に取り組まれる駒ヶ根市「母子保健プロジェクト」は地域の母子保健に大きく貢献してきました。
事業のきっかけは、青年海外協力隊訓練所を持つ駒ヶ根市ならではだったといえるかもしれません。これだけ継続的な取組が実現しているのも、1980年代から住民の国際理解に取り組み、多くの住民が国際協力に対する理解を持つ駒ヶ根市だからこそと言えるかもしれません。しかしながら、コロナ禍の困難な状況でも事業実施を貫いた駒ヶ根市の姿勢やその実施手法、住民を幅広く事業に巻き込み国際協力事業をとおして住民の生きがいづくりにつなげるスタイルから、私たちが学べることは多いのではないでしょうか。
本記事が、国際協力に取り組む、もしくは取り組みたい多くの自治体様の参考になれば幸いです。
事業開始当初の母子友好病院(1階建て) 現在の母子友好病院(3階建て)
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