事例紹介

インバウンドの回復と日本酒等の知名度向上を見据えた 「酒蔵ツーリズム」

<はじめに>

 2022年10月から日本の水際対策が緩和された結果、(※1)11月の訪日外国人観光客数は約94万人と、前月からほぼ倍増しており、2023年1年間のインバウンドによる国内消費額は3兆円を超えるとも言われています。
(※2)観光庁の調査によれば、訪日前に期待していたこととして「日本の酒を飲むこと」が24.4%と6位に付けており、日本が「伝統的酒造り」についてユネスコ無形文化遺産への登録を目指していることを踏まえると、外国人旅行者を対象とした地元の酒蔵見学・試飲体験等は地域にとって有力な観光コンテンツになり得ると考えます。
 日本各地に約1,500ある酒蔵と連携したインバウンド観光について、 (公社) 日本観光振興協会の審議役であり、「日本酒蔵ツーリズム推進協議会」の事務局長でもある杉野様にお話を伺いました。

※1 日本政府観光局報道資料.「訪日外客数(2022 年 11 月推計値)」https://www.jnto.go.jp/jpn/news/press_releases/20221221_monthly.pdf. (参照 2023-01-24)
※2 観光庁.「訪日外国人の消費動向(2019年年次報告書)」.http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/content/001345781.pdf.(参照 2023-01-24)

※酒蔵ツーリズムは佐賀県鹿島市の登録商標です

<日本酒とインバウンド>

●まず、日本酒の現状について教えてください

 純米吟醸など特定名称酒の消費量はおおむね横ばいですが、普通酒(吟醸酒・純米酒・本醸造酒など特定名称の酒として区分されていない日本酒)と呼ばれている、昔から好まれていた日本酒の国内消費量は減少しているのが現状です。なお、リキュールやチューハイなどのお酒の消費は伸びています。
 そのような中、(※3)日本酒の輸出は非常に伸びていて、2021年は前年と比べて60%増加、2022年は24.1%増加(前年1-10月期比)しています。この要因としては、小売店向けやEC販売の増加に加えて、中国やアメリカの外食需要の回復の影響が大きいと考えています。 
 総じて輸出が増えているということから、日本酒における海外の関心は高まっていると言えるでしょう。

※3 農林水産省.「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部改訂(令和4年12月)」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/yunyuukoku_kisei_kaigi/dai17/siryou1.pdf.(参照 2023-01-24)

●海外で関心が高まっている日本酒とインバウンドの親和性についてお伺いできますか

 最近、主題(テーマ)をもった観光や旅行を意味する「テーマ別ツーリズム」という言葉を良く耳にするようになりました。テーマ別ツーリズムは「地域コミュニティを訪問し、地域住民と食事を共にするなど、地域の独自性を売りにした“着地型観光”」とも関わりが深いと言われており、近年の訪日外国人向けインバウンドビジネスで注目されています。
 個人的には、お酒とツーリズムは非常に親和性があると思っております。全国には約1,500の酒蔵がありますが、47都道府県それぞれに、自然条件、風土、技術、そして水の違いがあります。特に水によってお酒の味が異なり、また日本酒は食中酒として、伝統的に地域の郷土食に合うように造られている場合もありますので、地域の特徴がお酒に現れていると言えます。
 海外でも、日本酒に興味がある方や専門家であればご存じかもしれませんが、これだけ多様であることを多くの方々は知らないと思います。そこで、ツーリズムに酒蔵のストーリーや日本酒の独特な製法を見学することを組み込むことにより、地域に密着した魅力ある酒蔵ツーリズムができあがり、地域の観光に磨きがかかると考えております。

●「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された際、日本食の人気が高まるなどプラスの影響があったと思います。「伝統的酒造り(日本酒、焼酎、泡盛など)」がユネスコ無形文化遺産へ登録された場合、同様に日本酒の人気が高まるでしょうか。

 「伝統的酒造り」については、令和6年を目標にユネスコ無形文化遺産の登録を目指しています。「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産へ登録された場合、日本酒を含めた日本のお酒の知名度はグンと上がるでしょう。その時に日本酒を輸出できる体制が整っている、もしくは酒蔵ツーリズムが形になっていれば、日本酒等ブームの波に乗れると思います。
 さらに、輸出とツーリズムは互いに相乗効果をもたらすと考えています。例えば、訪日して日本酒を飲んだ外国人が海外に戻った際、日本酒が飲みたくてECサイトなどで購入するパターン。逆もしかりで、海外で購入した日本酒を飲んだのち、もっと知りたい、もっと美味しく飲むために日本に行きたい、というパターン。ユネスコ無形文化遺産の登録により知名度の上がった日本酒を海外に輸出することは、訪日を促すことにつながると考えています。

<酒蔵ツーリズムについて>

●酒蔵ツーリズムとはそもそもどういったものでしょうか

 各酒蔵には必ず、酒造りまでの物語(ストーリー)があると考えています。例えば創業からの歴史、酒造りの過程、杜氏や酒米生産者の思いなど。これらのストーリーを含め酒蔵を巡り、地域の方々と触れ合ってお酒を味わう。そして、そのお酒が育まれた土地を散策しながら、その地域ならではの郷土料理や伝統文化を楽しむ旅行といったものを、私たちは酒蔵ツーリズムと呼んでいます。

●酒蔵ツーリズムを実施することによるメリットを教えてください

 酒蔵ツーリズムは、酒蔵のみの観光にとどまるのではなく、周辺地域の観光施設を巻き込むことに加え、飲酒の機会提供により地域への宿泊を促すなど、地域にお金が落ちるという意味で地域振興につながると考えています。
 また、酒蔵の事業継続・承継にも寄与するとも考えられます。日本酒の国内出荷量が伸び悩む中で事業を継続していくため、いずれは海外の需要を取り込むという選択肢が出てくるのではないでしょうか。個人的には、人口減少が進行している日本において、国内の限られた地域のみを対象としていた場合、今後の事業継続は厳しいと思っております。酒蔵に海外販路開拓の機会を提供することは、日本酒の需要低迷や担い手不足といった酒蔵が抱える課題に対する有効な手立ての1つになり得るでしょう。

●酒蔵ツーリズムでターゲットを想定する際の参考として、日本のお酒がどういった国に人気があるか教えてください

 まずは台湾が候補になると思います。台湾の方は日本食への興味が高く、マーケット自体はかなり成熟しています。リピーターが多いことも特徴で、2019年の約280万人の訪日者のうち、リピーター率は80%とも言われています。およそ5人に4人が繰り返し日本を訪れている中で、定番の旅行コースは既に卒業しており、次回は地域の食や酒を楽しみたいと考えている方は多いと思います。
 また、ヨーロッパではドイツが候補になると思っています。ドイツではビールなどアルコール飲料の消費が非常に多く、また自然食ブームと相まって、オーガニックな飲料というイメージがある日本酒の人気が徐々に出てきているようです。また、ドイツは2019年の海外旅行者数が中国に次ぐ世界第2位であり、年間では(※4)1億人を超える一方、訪日ドイツ人は約23万人に留まっている(イギリス42万人、フランス33万人に次ぐ、ヨーロッパでは3位)ことから、今後潜在的に伸びる要素を持っていると考えています。
 すでに日本酒の輸出量が第1位である中国と第2位のアメリカには人気がありますし、またアジア各国も全般的に関心が高いと感じております。

※4 国土交通省.「令和3年版観光白書(海外旅行者数ランキング2019)」

https://www.mlit.go.jp/statistics/content/001408959.pdf. (参照 2023-01-24)
日本政府観光局報道資料.「訪日外客数(2019 年 12 月および年間推計値)」 https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/200117_monthly.pdf. (参照 2023-01-24)

●地域に日本酒の蔵元がない場合でも、酒蔵ツーリズムに取り組むことは可能ですか

 可能です。まず、酒蔵ツーリズムの「酒蔵」は日本酒に限らない(焼酎、泡盛、地ビール、ワインでも可)ため、日本酒以外の酒蔵と連携した酒蔵ツーリズムが実施できると思います。
 また、多くの酒蔵を巡りたいと思うお酒好きな方もいれば、酒蔵ばかりでなく地域をゆっくり散策したいと方もいると思います。そのため、地域で定番の観光コースの一部に近隣地域の酒蔵を組み込み、酒蔵ツーリズムにするという方法もあります。このようなケースであれば、酒蔵がない自治体でも近隣の酒蔵と連携することで、郷土料理や伝統文化、宿泊先の提供などで十分関わることはできると考えます。
 他には、酒米を作っている地域の酒蔵ツーリズムへの関わり方として、「この地域(田んぼ)で育てた酒米を使用して、お酒を造っています」といった事例があると聞いています。このケースであれば、原料である酒米づくりのストーリーを説明することにより、当該地域を印象付けるツーリズムになるのではないでしょうか。

<酒蔵ツーリズムの実施に向けて>

●自治体が酒蔵ツーリズムに取り組むため、準備段階で行うべきことはなんでしょうか

 例えば都道府県や人口の多い自治体であれば、観光とお酒を扱う部局が異なる場合があります。この場合は部局間の連携が重要になりますので、事前の調整が必要になると思います。
 次は、観光関係の部局でお酒を紹介する場所を作りましょう。自治体によっては観光物産協会のような団体と関わりがあると思いますが、観光案内所にお酒を置いていただくなど、地域のお酒を宣伝するような取り組みを始め、酒蔵との関係を構築します。
 こういった取り組みを通して、酒蔵と観光関係部局間の関係が構築された後に、酒蔵見学といったツアープログラムを酒蔵に提案することができれば、酒蔵ツーリズムが動き出すきっかけになると思います。

●酒蔵の皆様に協力をいただくにあたり、参考となる事例などお聞かせ願えますか

 自治体の観光関連部局と酒蔵がギブ&テイクの関係であるという考え方が大事だと思います。例えば観光関連部局が“観光客数”しか見ていなかった場合、酒蔵を訪れた観光客がどれだけお酒を購入したか見落としている可能性があります。酒蔵を見学しただけで満足してしまいお酒を購入しない方や、自国への持ち込みの関係でお酒を購入できない方もいるでしょう。
 そのため、観光客を集めるだけでなく、お酒をしっかり消費するようなツアーを組み立てなければ、酒蔵と長くお付き合いすることはできないでしょう。例えば見学した酒蔵のお酒を宿泊先で出していただくなど、仮に観光客が酒蔵でお酒を購入しなかったとしても、多くの場面でお酒が消費されるような工夫を盛り込むことが重要です。
 また、酒蔵の負担が増えないよう、海外の方をスムーズに受け入れることができるような案内を行うことも必要です。通訳者には酒造りに関する研修などを受けていただき、最低限の知識を持っていただくことが重要です。また、外国人観光客は歴史にも興味がある場合が多いため、日本酒であれば「古事記」や奈良時代に編纂された「播磨国風土記」にも記述があることなど、歴史的な背景を把握しておくことも通訳に厚みを持たせるでしょう。

●日本酒は日本各地にブランドがあるため、差別化する方法が難しい印象を持っています。どのように差別化を図るべきでしょうか。

 地域らしさということで、一番差別化できるのはやはり水だと思います。例えば同じ県や地域でも、A水系を水源とする酒蔵と、B水系を水源とする酒蔵ではお酒の質が異なっているように、水系の違いは大きな要素となるでしょう。細かい所では、その水の成分(硬水や軟水)なども、GI(地理的表示)の観点からもわかりやすい特性ではないでしょうか。
 また、杜氏についても、個人で行っている方もいれば、杜氏集団を作っている場合があるかと思います。集団の場合であれば酒造りの流派があったりしますので、そういった杜氏のこだわりも差別化の一つになるのではないかと思います。
 酒米について言えば、全国的に山田錦を使っているケースが多いと思われますが、地元で生産された酒米を使用している場合は差別化をしていると言えるでしょう。
さらには、地域の郷土食と地酒の相性が良いこともアピール出来るかと思います。

●酒蔵ツーリズムの実施にあたり、日本酒蔵ツーリズム推進協議会が実施している支援内容を教えてください

 詳しくはホームページや事業案内をご覧いただきたいのですが、主に以下の通りです。
⇒日本酒蔵ツーリズム推進協議会のHP(https://www.nihon-kankou.or.jp/sakagura/)
  1. 研修事業(酒蔵ツーリズム研修)
  2. プロモーション事業(日本酒フェアなどへのブース出展、SNS等での情報発信)
  3. 自主事業(情報交換の機会提供)
  4. インバウンドに関する支援(外国人受入れ態勢標準化ツール(酒蔵ガイド)の提供
 また、
直近では2023年の2月~3月にかけて「1.研修事業」としてセミナーを実施する予定があります。もちろん、各自治体や酒蔵からの個別のご相談にも対応しておりますので、そのような場合はお問合せフォーム(https://www.nihon-kankou.or.jp/sakagura/contact/)からご連絡いただければ幸いです。

 

   (IFT(台湾国際旅行博)2022のブースに出店する「日本酒蔵ツーリズム推進協議会」)

 

(ツーリズムEXPO東京2022会場ブースに出店する「日本酒蔵ツーリズム推進協議会」)

 

(会員に提供している「酒蔵ガイドツール(英語版)」を持つ事務局長の杉野様)

<おわりに>

 インバウンドの回復と「伝統的酒造り」の知名度向上を見越した、日本酒需要の増加のチャンスを逃さないためにも、今からでも酒蔵ツーリズムを検討してみてはいかがでしょうか。これまで蔵元が独自で行なっていた酒蔵見学や店舗での販売を、自治体や観光団体が連携しツアーに組み込むことで、外国人観光客を含め新たな観光客が訪れる地域づくりにつながるかもしれません。既に酒蔵ツーリズムを実施している地域の自治体の皆様におかれましても、この取材記事が事業の改善につながれば幸いです。
 酒蔵ツーリズムに関して気になることがございましたら、杉野様含め日本酒蔵ツーリズム推進協議会へ是非お問合せください。全国の自治体、DMOや観光物産協会等の観光関係団体、そして酒蔵の皆様からのご連絡をお待ちしております。
                                        (経済交流課 宮田)

 

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