事例紹介

雪をコンテンツに地域ブランディングを進める雪国観光圏の取り組み

 『真白き世界に隠された知恵に出会う』をコンセプトに、新潟県の湯沢町、魚沼市、南魚沼市、十日町市、津南町、群馬県みなかみ町、長野県栄村の3県7市町村の広域観光圏で雪を軸としたブランディングを進めている雪国観光圏。地域ブランドをしっかり作ることでエリアをまとめ、インバウンド客も呼び込んでいるその取り組みを紹介します。

 

 

日本有数の豪雪地域。冬の間、田畑での収穫ができない分、この地域では保存食文化や

発酵食などが受け継がれてきた。質素に見えるが実は豊かな暮らしがそこにある

 

 

雪国観光圏誕生のきっかけは“危機感”

 「2008年に雪国観光圏を立ち上げた背景にあったのは、危機感でした」と、雪国観光圏代表理事の井口智裕氏は振り返ります。「上越新幹線で東京駅から80分で到着する越後湯沢ですが、2014年には北陸新幹線が金沢に乗り入れることが決まり、そうなると北陸方面へと観光客が流れてしまう恐れがありました。スキー客や温泉客が減るなか、何か手を打たなくてはという思いから、それまで行政単位で別々にブランディングや広告、集客を行ってきた7つの地域の行政担当者や首長に粘り強く声をかけ、広域観光の重要性を唱え続けたことが雪国観光圏の設立へとつながりました。」

 

 

観光圏をつなぐ、ブランドコンセプト

 「周辺の市町村で一つにまとまってやっていこうと決まったのとちょうど同じ頃に、観光庁の観光圏整備法が施行されました。観光庁の方が観光圏のことを“地図上にはないが、人々が深い森やお城をイメージする、ドイツのロマンチック街道のようなもの”と説明するのを聞き、納得しました。それでは自分たちの観光圏をつなぐ一つのイメージはと考えると、“雪国”が出てきました」

 

 井口氏の根本にあるのは“雪に閉ざされた地”というマイナスイメージではなく、8000年前の縄文時代から雪とともに生きてきた人々の知恵こそが、世界に誇れる価値という考え方でした。「私たちの祖先は、この豪雪地帯の“雪国”だからこその恵まれた水や土壌による米作り、酒造り、長い冬に向けての保存食や発酵食という食文化、のちにユネスコ無形文化遺産にも登録された雪さらしをする越後上布などの織物文化などを大切にしてきました。雪国ゆえに生まれた知恵こそがこのエリアならではの世界に誇れる部分だと、地域づくりの核が決まりました」

 

 とはいえ、「雪国と聞いてどこを連想するか」という調査結果によると、青森・札幌に続いて新潟は第3位。ブランドを強化するために、観光事業者や行政だけでなく地元の学芸員らを集め、1年間みっちりと「雪国文化とは何か」を考え続けたそうです。そこから導き出されたのが『真白き世界に隠された知恵と出会う』というコンセプトでした。

 

 

雪国観光圏代表理事の井口智裕氏。

越後湯沢温泉のHATAGO井仙、六日町温泉ryugon代表取締役社長

 

 

中心軸に合わせて、ワーキンググループで商品造成や広報を実施

 ブランドコンセプトが定まったら次はペルソナマーケティング注1を実施し、リピートをしてくれる可能性がある人達をコアターゲット注2に設定しました。

 「コンセプトとコアターゲットという中心軸が決まることで、そのあとの商品造りや、宿泊施設のサービス、食事のメニュー、集客の仕方などを、どのようにしたらいいかという方向性がクリアになりました。その方向性に沿って、雪国の食文化や歴史、自然を体感してもらうにはどのようなプログラムがいいかと考え、ストーリーを感じてもらうため地域との触れ合いも重視し作り込みました。ストーリーをきちんと提供できれば、お客様は満足してくださり、友人や家族へも紹介してくださって雪国観光圏のファンが増えると考えました」。

 

 具体的な事業はワーキンググループ(以下WG)が地域の課題に応じ独立して行い、進捗は戦略会議などにて共有されています。例えば、PRを担当している「ブランド化WG」では雪国文化に特化して発信しています。雪国観光圏がターゲットとしている欧米・アジアの富裕層は訪れた地域の暮らしや風土、文化に非常に興味を持ってくれるので、雪国の食文化を紹介した冊子(SNOW COUNTRY GASTRONOMY)を制作し、越後湯沢温泉他の宿泊施設の客室に置いています。これを見て、雪国観光圏の他のエリアにも興味を持ち再度訪れてくれたらとの願いがあるそうです。

 

 

雪国文化を外国人旅行者にも理解してもらうために作ったブランディングブック

 

 

 「食のブランド化推進WG」では、雑誌「自遊人」編集長・宿泊施設「里山十帖」代表の岩佐十良(いわさとおる)氏を座長に、“食が変えるまちづくり”をコンセプトに雪国A級グルメの取り組みを実施。地域への食のブランド化を浸透させています。

 世界でも名の知られたプロアドベンチャーレーサー、田中正人氏をコースディレクターに迎えた「スノートレイルWG」では、3県7市町村を繫いだ307㎞のトレイルを造成。長期滞在のインバウンド客の利用も期待されています。

 他にも、7つの観光協会をつなぎ、地域交流や情報共有だけではなく、各観光協会が商品企画の提案・手配ができるワンストップ窓口化を図っている「観光協会連携WG」や、学芸員で構成された「雪国文化WG」、「女性コーディネーター研究会」などがあります。

 

 

効果をあげ始めているインバウンド客誘致

 新幹線が停まる越後湯沢駅からの日帰りバスプラン「雪国豪雪ライナー」では、Instagramで国内有数のフォトスポットとなった清津峡トンネルをはじめ、日本三大薬湯として知られる松之山温泉まで直行便を用意。松之山温泉里山ビジターセンターでは、訪日外国人観光客向けに日本の美しい文化と風景をプロのカメラマンが絶景写真で紹介するサイト「ZEKKEI JAPAN」にも掲載された森林「美人林」でスノーシューを体験するプランなど、雪国を体感できる旅行商品を造成販売しています。

 

 

季折々に美しい姿を見せるブナ林。

松之山温泉の『美人林』には樹齢100年程のブナが生い茂り、散策コースとなっている。

 

 

 旅ナカに欠かせない飲食店の情報については、雪国A級グルメを体感できる店舗情報が掲載されたアプリON THE TRIPで日本語の他、英語、中国語(繁体字・簡体字)で発信。雪国観光圏のスタッフに、カメルーン出身の英・仏語に堪能なマネージメントの専門家を増員するなど受入側としてもインバウンドの強化を図っています。

 

 2018年には、ブランドストーリー作りや顧客ニーズにマッチした商品開発、徹底した品質管理が評価され、雪国観光圏はジャパンツーリズムアワードの大賞を受賞しました。雪国観光圏内で宿泊者数が約50%を占める湯沢町の統計資料によると、平成30年の宿泊者数は前年比4.3%増加であり、うち、日本人は1.4%増加ですが外国人は35.6%の増加となっており、訪日外国人への対策も成果をあげ始めています。

 

 

雪国観光圏では雪国ならではの文化を徹底的に掘り下げ、

それらを体験できる旅行商品を造成している。

 

 

 地域に根付いた暮らしや文化を“地域ブランド”として確立すること、マーケティングによりターゲットを明確に設定すること、そのニーズに合った商品開発を行うこと、そして複数自治体の連携やWGの設置によって効率的に事業を進めること等、雪国観光圏の取り組みには自治体が観光施策を進める上で学ぶべきポイントがたくさんあります。

 今年は記録的な小雪で多くのスキーエリアが大打撃を受けています。雪の恵みをスキーだけではなく、食や文化にも繋げて観光施策に取り組む雪国観光圏の動きに今後も注目したいと思います。

 

 

やまとごろ編集部

 


 

注1…モデルユーザー(ペルソナ)を作り出し、そのユーザーのニーズを満たすような形で商品やサービスを設計するというマーケティング手法

 

注2…商品・サービスの販売対象のうち、特に積極的に売り込みたいと考える性別・年齢・地域などの区分

 

※印刷用PDFはこちらpdf

Categories:インバウンド | トピックス | 関東・信越

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