取材先:山梨県観光文化・スポーツ部富士山観光振興グループ
はじめに
2013年世界文化遺産に登録された富士山は、国内外から多くの登山者が訪れる日本を代表する観光資源である。
世界文化遺産に登録されたことにより、五合目来訪者数は2012年の約231万人から2019年には506万人超へ急増した。特に山梨県側の吉田ルートは富士登山者全体の過半を占めている。
2023年は、富士山が世界文化遺産に登録されてから10周年の節目の年で、コロナ禍による制限が緩和されたこともあり、多くの登山者が訪れた。それに伴い、以前から問題となっていた山頂付近の過度の混雑、弾丸登山(山小屋に宿泊せず、夜通しで一気に山頂を目指す登山形態)、登山道における仮眠などの危険行為やマナーの悪化により、オーバーツーリズム対策が急務となった。また、環境負荷や景観・信仰空間への配慮といった多面的な課題も存在しており、これらは、世界文化遺産としての価値を脅かすだけでなく、登山者自身の生命身体の危険にも直結するものである。
こうした状況を改善するため、山梨県は2024年から登山規制を可能にする一連の対策や通行予約システムの導入を急ぎ整備した。
道路法の制約を乗り越えた登山規制
登山規制実施の最大の障壁となったのは、吉田ルート全ての区域が道路法上の道路(県道)として位置づけられていた点である。道路法で定められている道路は自由通行を原則とするため、道路として定められているままでは登山者の通行を規制することができない。そこで、山梨県は以前から国や関係部局と道路法について様々な確認を行い、議論を重ねた結果、道路法第18条による道路区域の変更という解決策(県道の一部を道路法上の道路から除外し、その区間を条例に基づく県の施設として下山道とともに管理し、登山の規制を行う)を2023年に見出し、通常であれば1~2年を要する条例の公布までにかかる期間を大幅に短縮させ、2024年3月に完了させた。その時期は開山まで約4か月となるタイミングであった。
2024年通行予約システムについては、利用者の利便性向上のため早急に導入する必要があったが、4月からシステムを受託する会社の調査を開始したところ、訪日外国人向けのシンプルなシステムの運用実績のある株式会社Japanticketに委託し、期限通り、5月中には導入を完了した。
登山規制の効果:混雑・弾丸登山の解消・安全確保
2024年からは、登山者は事前にシステムで通行予約を行い、登山当日に五合目総合管理センター窓口でQRコードによる通行予約の認証を受けること、また、ゲート閉鎖時間帯に通行する場合は山小屋の宿泊予約の証明を提示することにより、通行を許可することとした(なお、通行予約システムの利用は任意である)。通行を許可された者はリストバンドを受け取り、リストバンドを五合目登山口ゲートで提示することで、通行することができるようにした。また、弾丸登山を防止するため、五合目登山口ゲートの閉門時間を設定し、山頂付近の過度な混雑の発生を防止するため、1日あたりの登山者数を4,000人に設定した。これは規制導入前の混雑度調査によるものであり、4,000人を超えない範囲で当日予約も受け付けることとした。
この登山規制を導入した結果、前年は富士吉田市の調査による六合目安全指導センター前の通過者数が4,000人を超過した日が5日あったが、2024年は4,000人を超過する日が1日もなかった。弾丸登山者も前年比95.1%減少し、緊急搬送者数も前年比41.3%減少するなど、登山者の安全確保にも大きく寄与した。


五合目登山口に設置されているゲート 五合目で配布されるリストバンドの色は
不定期で変更している
なお、2024年に登山規制を開始したが、五合目来訪時に登山規制があることを知らないという事態が発生しないよう、十分配慮することを山梨県は怠らなかった。県は前年度から登山規制の周知を行い、2024年度に入ってからは国内外メディア招致、公共交通機関及び高速サービスエリアや富士登山拠点駅での多言語ポスターの掲示、登山者に向け多言語でSNSを発信した。日本語と英語のアンケートでは、合計で約1,600件の回答があり、日本語での回答ベースでは93%、英語での回答ベースでは89%の登山者が認知しているという結果で、事前認知は良好、登山規制への好意的な意見も多数を占めた。

多言語案内の写真
2024年5月20日から通行予約システムでの予約受付が開始された。予約から決済まで会員登録不要、日本語、英語、中国語繁体字・簡体字の3言語4種類の言語対応、また、クレジットカード、Alipay、WeChat Payといった決済に対応しており、初年度の外国人利用者は全体の約半分を占めた。期間全体を通じて通信障害は一度も発生せず、アクセス集中もほとんどなく、現場の職員からも簡単で使いやすいという声が多かった。
2024年の課題を踏まえた2025年の新たな登山ルール
奇跡的ともいえる短時間で実施した登山規制だが、実施をしてみると、課題も見えてきた。
弾丸登山の解消に一定の成果があった五合目ゲートの閉門時間の設定であるが、閉門時間を16時に設定したところ、15時以降の駆け込み登山者が相次いだ。駆け込み登山者と軽装登山者の注意喚起を行ったが、その時点では五合目ゲートの職員が軽装登山者へ通行拒否をするだけの強制力を有していなかった。
通行料の徴収については、2024年は通行料を2,000円としたが、協力金1,000円については任意であるため、同年の通行料徴収総額は2億9,700万円に達したものの、協力金に協力した登山者の割合は2023年の75.6%から53.1%に低下した。
こうした課題について、閉山期間中に関係者等と議論を重ね、2025年の開山時には以下のような対応をすることとした。
五合目ゲート閉門時間を16時から14時に2時間前倒しすることにより、駆け込み登山者、弾丸登山者をさらに抑制した。また、2025年3月に条例施行規則を改正し、軽装登山者、必須装備未携行者を施設の利用を拒否するとする規定を追加した。そして、富士山レンジャーを会計年度任用職員から正規職員(3年任期)に変更し、登山条件を満たしていない登山者の通行を拒否できる権限を持たせた。
通行料の徴収については、協力金を廃止し通行料を4,000円に一本化した。結果、徴収額は約6億円と倍増した。徴収した通行料は安全な登山環境の整備など富士山を守るための費用に活用される予定である。通行予約システムについても、以下の通り改良を図った。
①必須装備の確認及び遵守事項の誓約機能を追加
②韓国語とベトナム語の追加
③PayPay決済の追加
④カレンダー表示の導入
⑤当日予約機能の導入
⑥空予約および転売防止のため、決済日翌日までの無料キャンセル(決済日翌々日からのキャンセルは全額支払い)および予約日前日までの日付変更機能の導入
今後の安全対策強化と展望
富士山は日本最高峰でありながら、登山初心者も多く、安全確保の強化は引き続き重要な課題である。下山道における噴石・落石対策として機能するシェルターは、通行料を原資として2025年に2基が設置された。閉山期間を利用して段階的に整備を進めていき、2031年度までに計13基設置する予定である。また、2025年からは開山期間中の72日間、七合目の救護所を開設しており、今後も開山期間中は全日程での開設を継続する方針である。
おわりに
本事例は法律上の制約も絡む非常に困難な事例でありながら、法的な整備から周知・施行、実効性あるルール・システムの導入に至るまで、非常に学ぶところの多いケースであり、オーバーツーリズムに悩む他の自治体にとっても参考となる施策といえるのではないだろうか。
(取材協力 株式会社Japanticket)
自治体国際化協会
交流支援部経済交流課 主査 小柳侑加(藤枝市派遣)



