I&CO合同会社 APAC代表 高宮 範有
はじめに
人口減少と高齢化が加速する日本において、地方自治体が直面する課題は年々深刻さを増しています。地域産業の縮小、若年層の流出、税収の減少──こうした構造的課題に対し、多くの自治体が「地域資源の海外展開」に活路を見出そうとしています。
その中で最も注目されているのがASEAN(東南アジア諸国連合)市場です。2023年時点で約6.8億人の人口を擁し[1]、域内の平均年齢は30.9歳[2]という若さを持つASEANは、地理的近接性と文化的親和性から、日本の自治体にとって「最初の海外市場」として選ばれるケースが増えています。
しかし、海外展開に挑戦した自治体の多くが「成果が見えにくい」「出口がつくれない」という悩みを抱えているのも事実です。成功と失敗を分けるのは、予算の大きさでも、戦略の精緻さでもありません。それは「現場の一次情報をどれだけ正確に把握できるか」という、極めて実践的な要素にあるというのが、私たちがシンガポールを拠点に複数国でプロジェクトを実施してきた中で得た実感です。
本稿では、ASEAN市場における自治体の海外展開について、現場で見えてきた成功と失敗の分岐点を、1.ターゲット、2.課題、3.解決という3つの視点から、以前弊社が泡盛のプロモーションを行った例を踏まえて考察します。(※参照)
※参照
琉球泡盛のアジア展開に学ぶ―官民連携による、地域産品ブランディングの実践
https://economy.clair.or.jp/casestudy/10500/
[1] ASEAN公式X(旧Twitter)アカウント, 2023年12月
https://x.com/ASEAN/status/1868159104079769782
[2] Worldometer: “Population of South-Eastern Asia (2025)”
https://www.worldometers.info/world-population/south-eastern-asia-population/
1 ターゲット-ASEAN市場は、日本の自治体が挑戦すべき「最初の海外市場」になりつつある-
ASEAN10カ国の総人口は約6.8億人(2023年)に達し、平均年齢は30.9歳と若く、今後も人口増加が見込まれております。日本のASEANとの貿易額は31兆円以上(2023年)[3]に上り、ASEANは中国、米国に次ぐ日本の第3位の貿易パートナーとなっています。
特に自治体との相性の良さは、次の3つに集約されると考えています。
親日性と文化的受容度の高さ
和食や日本製品はASEANの人々から高い信頼を獲得しており、こうした関心・信頼は、ASEANにおける日本製品の価格付けにも反映されています。日本酒の輸出実績を見ても、2024年の輸出額は434.7億円[4]と堅調に推移しており、特にシンガポール、香港では1リットルあたり2,000円超という高価格帯でも受け入れられています。また、ASEANから日本の地方都市へ足を運ぶ旅行者も増加しています。
中間層の拡大による市場としての可能性
2030年には中国、インド、インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシアなどのアジア諸国の中間層が世界全体の64%を占める[5]と予測されています。タイでは2020年に8割以上の世帯が中間層以上となり、富裕層も10%を超える[6]とされ、インドネシアでは2020年代半ばに中間層人口が8,000万人を超える[7]との予測もあります。ベトナムでは中間層人口が2030年までに3,000万人以上増加し、全世帯の半数近くに達する[8]と見込まれています。
ASEAN行政の「協働」志向
都市開発、観光、防災、スタートアップ育成など、行政主体の領域で日本との連携を希望するASEAN自治体は多く、都市間での協力関係が構築されつつあります。日本は日・ASEAN統合基金(JAIF)に総額6億5,000万米ドル超を拠出[9]しており、さまざまな分野における事業を支援してきました。
こうした親和性がある一方で、海外展開を試みた自治体の多くが「成果が見えにくい」「出口がつくれない」という悩みを抱えています。その差を生むのは、戦略ではなく”現場解像度”、つまり「現場の一次情報をどれだけ正確に把握できるか」であるというのが、私たちが 実践から得た知見です。
[3] 日本アセアンセンター「データで見る日本とASEANの今」
https://aseanpedia.asean.or.jp/relationship/
[4] 日本酒造組合中央会「2024年度日本酒輸出実績」2025年2月
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000073.000083559.html
[5] Digima「アジア新興国で急増する『中間層・富裕層』」
https://www.digima-japan.com/knowhow/world/4816.php
[6] Digima「アジア新興国で急増する『中間層・富裕層』」
https://www.digima-japan.com/knowhow/world/4816.php
[7] PT. Timedoor Indonesia「インドネシア vs ベトナム:東南アジア進出先はどちらが有望?」https://jp.timedoor.net/blogs/インドネシアvsベトナム東南アジア進出先は有望/
[8] PT. Timedoor Indonesia「インドネシア vs ベトナム:東南アジア進出先はどちらが有望?」https://jp.timedoor.net/blogs/インドネシアvsベトナム東南アジア進出先は有望/
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asean/page25_001325.html
2 課題-自治体のASEAN展開に潜む、3つの典型的な落とし穴-
ここで、”現場解像度”が上がらない理由を見ていきましょう。
2-1 展示会依存と机上戦略の限界
海外展開の足がかりとして活用しやすいのが、「展示会への出展」です。もちろん入口としては有効ですが、以下のような構造的な課題が存在します。
- ・来場者の多くが”情報収集目的”で商談につながらない
- ・実際に現地で販売される際の状況や価格と乖離したまま評価される
- ・自治体同士で似たようなPRが並び、差別化が難しい
私たちがシンガポール、タイ、ベトナムなどで実施した小売店におけるフィールド調査では、「日本側で想定していた競合と、現地の店頭における実際の競合がまったく違う」「棚に並ぶ他の製品との価格帯が合っていないため、良い商品でも顧客に届かない」といったケースを数多く目にしてきました。
例えば、弊社は2023年11月にアジア展開を見据えた泡盛のブランディング・販路開拓プロジェクトを行いました。この「琉球泡盛のASEAN展開プロジェクト」では、当初、泡盛を「日本の伝統酒」として定義しようとしていました。しかし、現地での店頭調査を通じて、日本酒や焼酎といった「日本のお酒」も泡盛と同様、日本の伝統酒として認識され、競合となっていると判明しました。
なお、展示会ではうまく販売ができないことが多いと先に述べましたが、展示会は商談会としての位置づけではなく、現地調査 → 商品調整を経た後で、立てた戦略が有効かどうかの”確認する場所”として位置付けであり、展示会の前に一次情報を取得するのがよいと考えます。

BAR CONVENT SINGAPORE 出展の様子
2-2 「こだわり」をそのまま持っていくと成功しない可能性がある
日本ほど各自治体が地元産品の品質にこだわる国は珍しく、そのこだわりは日本の産品の価値を大きく引き上げる力となっています。しかしながら現地の棚を見ると、以下のような課題が浮かび上がります。
- ・現地の消費習慣と合った生活への取り入れ方がイメージしづらい
- ・ストーリーが伝わりづらい
- ・価格帯が現地競合製品の5〜2倍になる
先述の泡盛の展開を例にとると、特に酒類(日本酒・焼酎・泡盛)は、味の評価は高いものの、現地の人がそれぞれの特徴を理解することが難しく、かつそれぞれを比較した試飲の機会や商品を説明する販売員がほとんどない状況にあります。
2-3 ASEANは国ごとにまったく違う“別市場“である
ASEANをまとまったひとつの市場と見なすのは危険です。以下のように、国ごとに市場特性は大きく異なります。
シンガポール
高価格帯と相性がよく、外食・土産需要が多い。輸入制度は明確。
タイ
2020年には8割以上の世帯が中間層以上となり、和食の浸透度が高く、スーパーマーケットでの日本産比率も高い傾向。超富裕層向け市場も存在し、SNSでの広がりが早いのも特徴。
ベトナム
人口1億人の市場で年5〜7%の高成長が続き[10]、若年人口が多い。若年層の購買力・消費意欲が相対的に強く、B2B2Cモデルと相性が良いとされている。
マレーシア
ハラル認証への対応や宗教規制が事業展開におけるハードルになりやすく、想定するターゲットの設定を誤ると、取り組みが十分に進まない可能性がある。特に酒類の場合、宗教上の理由から市場規模は限定的になると考える。
インドネシア
人口2.8億人超という巨大な消費者基盤を持ち[11]、2020年代半ばには中間層人口が8,000万人を超える[12]と予測されている。ただし、島嶼国家のため物流を考慮する必要がある。
ラオス
中国ラオス鉄道の開通(2021年)[13]により、中国からの観光客が急増している。2024年には高級寝台列車「星光・メコン号」が運行開始[14]し、買い物目的の富裕層も確認されている。
こうした国ごとの違いを理解せず一括りにすると、時間も予算も失われてしまう可能性があります。最初に踏み出す国の選択こそが、自治体の成否を分けると言えるでしょう。
[10] PT. Timedoor Indonesia「インドネシア vs ベトナム:東南アジア進出先はどちらが有望?」
https://jp.timedoor.net/blogs/インドネシアvsベトナム東南アジア進出先は有望/
[11] PT. Timedoor Indonesia「インドネシア vs ベトナム:東南アジア進出先はどちらが有望?」
https://jp.timedoor.net/blogs/インドネシアvsベトナム東南アジア進出先は有望/
[12] PT. Timedoor Indonesia「インドネシア vs ベトナム:東南アジア進出先はどちらが有望?」
https://jp.timedoor.net/blogs/インドネシアvsベトナム東南アジア進出先は有望/
[13] 日本経済新聞「ラオス『一帯一路』鉄道快走 観光・輸出で中国から恩恵」2024年12月
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGS2979G0Z21C24A1000000/
[14] JETRO「中国ラオス鉄道、旅客動向と経済波及効果」2025年
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2025/a544888c72f6257c.html
3 解決-成功する自治体が必ず押さえている3つの視点-
それでは、ここまで挙げた課題を踏まえて、自治体が海外展開を成功させるためのポイントを整理していきましょう。
3-1 差別化を生み出すリブランディング
日本酒や焼酎など、日本の酒が泡盛の競合となっている現実を踏まえ、「琉球泡盛のASEAN展開プロジェクト」では、泡盛をウイスキーやラムに並ぶ蒸留酒として再定義する戦略へと舵を切りました。
これは、まずは一次情報を起点にして、“現場解像度”を上げ、戦略を変更した例ですが、 現地で取得すべき一次情報の例としては以下のようなものと考えます。
- ・同じ棚に並ぶ競合製品の見せ方や価格帯
- ・国ごとの輸入制度の詳細と、攻略方法
- ・ターゲット層の生活習慣
- ・小売バイヤーの率直な評価
また、机上のリサーチでは出てこない「空気感」を把握することも重要です。私たちが実施したプロジェクトでも、現地調査を行った結果、ターゲット、価格戦略、営業先、商品仕様を大きく変える判断が幾度となくありました。
弊社が手掛けた泡盛プロジェクトでは、シンガポールでの棚調査において、日本から輸出された日本酒が720mlボトルで60〜80シンガポールドル(約7,000〜9,000円)で販売されているのに対し、当初競合製品として見ていた現地の韓国焼酎や中国の白酒は15〜25シンガポールドル(約1,800〜3,000円)で並んでいました。この価格差を踏まえ、競合と見なすカテゴリそのものを変え、「高価格帯のプレミアム蒸留酒」としてのポジショニングを明確にすることで、ターゲット層や販売チャネルの戦略が大きく変わりました。
また、販売方法については、スーパーマーケットや酒販店ではなく、バーやレストランといった「飲む体験」と結びつく場での提供に注力することで、他日本の酒とは異なる位置づけのものとしました。
3-2 現地の人にも伝わるわかりやすいストーリー展開
弊社が手掛けた泡盛プロジェクトでは、国内の消費形態にこだわるあまり、泡盛の現地の理解が進まず、なかなか受け入れられないという課題がありました。
こうした課題に対して泡盛プロジェクトでは、ボトルをウイスキーを彷彿とさせる重厚なフォルムに変更し、熟成年数をラベル中央に大きく配置しました。12年物には銀、24年物には金の和紙を使用することで、販売員のいない海外の売場でも、見た目から価値や格付けが伝わる直感的に伝わるデザインとしています。さらに、スーパーや酒屋ではなく、バーやレストランといった「飲む体験」と結びつく場での提供に注力することで、泡盛を単なる商品ではなく、体験として取り入れられるものへと位置付けました。また、現地における一次情報の収集を通じて、例えば「茅台酒に似ている」といった現地の言葉でしか語れない打ち出し方も知ることができました。

泡盛プロジェクトで手掛けた商品4種
つまり海外展開とは、あらかじめ定義した強みを持参することではなく、その強みが現地で伝わる文脈へと”翻訳”する作業であると言えます。
3-3 ステップ型アプローチで“ムダ撃ち”を避け、適切な市場を選ぶ
2026年2月現在、ASEANは12か国が加盟し、域内人口が6億人を超える巨大市場です。しかし、先述のように12か国はそれぞれ異なった背景や文化、歴史を持ち、生活習慣もさまざまです。
ターゲットを誤ることなく、自治体が海外展開で成果を出すには、「輸出すること」ありきで必要な情報を集めるのではなく、以下のようにステップを区切りながら、小さなサイクルを回して判断の精度を上げていくことが大切です。成功確率が最も高いのは、次の3ステップです。
STEP1 現地調査(一次情報)
市場構造・制度・価格・競合・生活インサイトを把握。
STEP2 商品・仕様・ストーリーの調整
パッケージ、容量、味、ラベル、輸出条件などの最適化。
STEP3 PoC(小規模販売・テスト導入)
どの程度売れるかを数値で確認し、次年度以降の投資判断へ。
泡盛プロジェクトでは、まずシンガポールで現地調査を実施し、「適切なポジショニング」「価格帯の妥当性」「ターゲット層の嗜好」を確認しました。その後、商品デザインを刷新し、ミシュラン星付きレストランやアジアを代表するバーでのPoC販売を実施。実際の販売データと顧客フィードバックを収集することで、次の展開国(ラオス、タイなど)への戦略が明確になりました。
とりわけ自治体の場合、年度予算の制約があり、単年で成果を求められやすいため、PoCの設計が極めて重要になります。
4 公的組織だからこそ必要な「民間との伴走体制」
自治体は強力なブランド力と発信力を持ちますが、海外展開の実務には以下のような壁があります。
- ・輸入制度の理解
- ・商流・物流の知識
- ・多言語対応
- ・現地のネットワーク
- ・継続的なフォローアップ
こうした課題に対し、成功している自治体を見てみると、実行フェーズを担う主体や役割分担をあらかじめ明確にしているケースが多く見られます。
泡盛プロジェクトでは、沖縄県が域内の酒造所一社一社に丁寧に説明を行い、プロジェクトの意図や方向性について理解と協力を得るところからスタートしました。商品の再設計や価格設定といった、従来の支援より一歩踏み込んだ取り組みを進めるにあたっては、まず自治体と事業者との間に十分な信頼関係を構築することが不可欠でした。その上で、合意された方針を具体的なデザインや商品仕様へと落とし込む過程では、外部パートナーの専門的な知見を取り入れながら、海外展開を実現していくプロセスが採られました。
さらに、沖縄県シンガポール事務所が現地導入先の紹介やメディア向けイベントの開催を担うなど、自治体自身が多層的な支援体制を整えていたことも、短期間で成果を上げられた大きな要因となりました。

シンガポールで開催されたメディア向け試飲イベント
自治体の海外展開は、補助金単体の事業として捉えるのではなく、”行政 × 民間 × 現地”がそれぞれの役割を担うプロジェクトとして設計することで、実行力と再現性が高まる可能性があります。
5 おわりに──海外展開は“地域の未来をつくる投資“である
ASEAN市場は、人口動態や文化的相性の観点から、日本の自治体にとって非常に魅力的な成長圏です。しかし同時に、正しい順序を踏まなければ成果が出にくい市場でもあります。
成功する自治体を見ていくと、共通して以下のような段階的なプロセスを踏んでいます。
- ・現場に入り、一次情報から仮説を再構築し、
- ・商品・サービスを現地仕様にチューニングし、
- ・PoCを通じてデータを取りながら、翌年度以降の展開につなげている。
こうした取り組みは、必ずしも大きな予算を必要とするものではありません。むしろ必要なのは、現地理解の深さと、必要に応じて専門的な知見を取り入れながら検証を進められる体制づくりだと言えます。
人口減少時代の自治体にとって、ASEAN市場への挑戦は一過性の輸出ではなく、地域の未来を広げる長期的な投資です。本稿が、ASEAN市場への海外展開を検討されている自治体の皆さまにとって、少しでも参考になれば幸いです。



