八ヶ岳の南麓および西麓エリアに位置する3市町村が、県境を越えて観光圏エリアを形成している「八ヶ岳観光圏」。1000mもの標高差があるこの地域の魅力は、山岳、高原、里山、田園とバラエティーに富んでいます。しかし、行政単位や地域の多様性を超え、また、地域住民の理解を得ながらDMOを運営し、観光地域づくりを推進していくことは簡単なことではありません。八ヶ岳観光圏の運営を実施している「一般社団法人 八ヶ岳ツーリズムマネジメント(以下、八ヶ岳TM)」では、どのように地域連携を行い、どのように地域住民からの理解を得てきたのでしょうか。日本版DMOでもある八ヶ岳TMで代表理事を務める小林昭治さんにお話を伺いました。
八ヶ岳
八ヶ岳観光圏の旗振り役担うDMO「八ヶ岳ツーリズムマネジメント」
「観光圏」とは、観光圏整備法にもとづき国が指定するエリアのことです。国際的な競争力を持つ観光地づくりのために、行政単位で分けてしまいがちな観光施策をエリア単位で実施できるよう、さまざまな特例制度による支援を受けられるようになっています。
2010年に山梨県北杜市、長野県富士見町、原村の3つの市町村による八ヶ岳観光圏が認定され、当時より地域の旗振り役を担っている八ヶ岳TMで代表理事を務めてきた小林さんは次のように話します。
「インバウンド客にとって、自分が来ている場所が山梨県か長野県かということは、ほとんど意味がありません。それは国内からの観光客にとっても同じことです。ですから、そのような旅行者を誘致し受け入れるためには、文化的なつながりがある地域で連携して観光地づくりを進めていく。そうでないと、旅行者にとっての魅力は上がりません。よく言われますが、旅行者は単体の施設やホテルといった点で受け入れるのではなく、エリア全体、つまり面で受け入れないといけないということです」
八ヶ岳ツーリズムマネジメント、小林昭治代表理事
八ヶ岳観光圏は2013年にも新観光圏として再認定され、八ヶ岳TMは2017年に地域連携DMOとして日本版DMOにも登録されました。こうした中、八ヶ岳TMに求められている役割は、観光圏事業の連携におけるマネジメント組織として、関係者間の調整や事業の管理、情報発信の窓口を統一化することなどを行うことにあります。
小林さんは、その役割について「連携というと難しく聞こえるかもしれませんが、我々が行っているのは地域の観光関係者や住民と合意形成をし、地域のみなさんの意識が同じゴールに向かっていけるように旗を振ることです。我々は『住んでよし 訪れてよし 住みたいまち』という理念を掲げていますが、インバウンド客の誘致もそれに対する受入体制の整備も、地域の住民が暮らしやすくなるための手段にすぎません。そのことを忘れてしまうと、地域のみなさんの合意は決して得ることができません」と語ります。
実際、八ヶ岳観光圏では年間40前後の事業を実施し、それぞれの事業を通じて地域全体で合意形成を図っているそうです。また、実行委員会やワークショップを年間50回以上開催し、地域住民にも参加してもらえるようにしています。
牧場で遊ぶ観光客
ボランティアではない、観光地域づくりマネージャーとは?
こうした観光圏の事業を運営するのはDMOである八ヶ岳TMですが、各事業を実際に動かしているのは八ヶ岳TMのメンバーでもある観光地域づくりマネージャーたちです。
「八ヶ岳TMは社員が28人、理事が13人、理事長である私を含めたそのほか数人のメンバーで構成されている組織です。その中に、各事業を行う観光地域づくりマネージャーたちがいるのですが、基本的に有志たちの集まりで、給料は発生していません。しかし、こうした活動は基本的にボランティアでは続きません。
観光地域づくりマネージャーになる条件は、このエリア内で事業を行なっている経営者、かつ消防団や商店街組合といった地域の団体に入っていることです。この2つの条件を備えた人は、『八ヶ岳TMでの活動によってエリア全体の魅力が高まり、結果的に自分たちが行っている事業のプラスになる』という発想を持っています」
富士山
DMOと行政の役割分担について
小林さんは次のように語ります。
「我々の役割は、さまざまな団体と連携し、情報を共有することで、各事業を推進させていくことにあります。その中で核となるのが、先ほどの観光地域づくりマネージャーたちです。行政の役割は、我々への人的支援と資金の支援になります。このときに行政にとって大事なことは、しっかりと統制が取れている団体と組むことだと思います」
八ヶ岳TMの代表理事である小林さん自身も、民間企業の経営者です。その中で、どのようにして統制の取れた活動を行っているのでしょうか。小林さんは、「成果報告に尽きる」といいます。
「行政が事業を行う場合は、予算をつけることが目的になってしまっている例もありますが、我々はそうではなく、きちんと成果を見ることを心がけています。年に約30回のミーティングを重ね、各観光地域づくりマネージャーには月に1度、事業の進捗と成果を報告させるようにしています。その中で課題を洗い出し、先ほどお伝えした『住んでよし 訪れてよし 住みたいまち』という理念に本当に向かっているのかということを確認していきます。この手順を踏むことで、必然的に統制が取れていくのです」
まとめ
最後に、観光圏としての魅力を上げていくためのコツについて、小林さんは次のように語ってくれました。
「自分たちが住んでいる場所が、どういう所でどんな魅力があるのかを見極め、みんなで共通認識を持つことは欠かせません。また、お客さんが思っていることを変えることは難しいです。たとえば八ヶ岳を訪れてくださるインバウンド客の皆さんは山があることに魅力を感じて来てくれているのに、海の幸をアピールしても響きません。何をウリにするのかという共通認識を持つことは、海外からのインバウンド客に自分たちの魅力を伝えていくために重要なことです」
観光客を意識した魅力アップというと、その地域住民に対する配慮が欠けてしまいがちです。しかし、小林さんのお話にあるように、まずは、地域の観光関係者、住民、行政等、みなが自分たちの住んでいる地域の魅力を知り、同じ認識を持つこと。そして、八ヶ岳TMが理念にも掲げているように、自分たちのまちのことを好きになり、いつまでも住み続けたいと思えるエリアを地域のみなでつくっていくことが重要で、そうすれば、国内外からの観光客の誘致に繋がるのでしょう。
観光エリアにまたがる複数の地域同士が連携しながら、そして、各地域の中で様々な立場の人同士が連携しながら、同じゴールに向かっていくためには、八ヶ岳TMのような旗振り役、地域をつなぐ存在が必要となるのかもしれません。
一般社団法人八ヶ岳ツーリズムマネジメント