事例紹介

日本の林業を世界へ~宮崎県におけるスギ材輸出拡大の取り組み~

 

 九州の東側に位置し、広大な海岸線を有する、宮崎県。その南国情緒あふれる気候から、古くは新婚旅行のメッカとして賑わい、現在ではプロ野球やJリーグなどのプロスポーツチームのキャンプ地として知られていますが、実は、先人たちの努力により育まれた豊かな森林資源も同県の大きな魅力です。中でもスギ材(丸太)生産量に関しては、平成3年から29年連続全国1位を記録しています。さらに、その豊富で良質な森林資源を武器に、近年では海外に向けたスギ材輸出が広がりを見せているところです。

 県内の木材生産量の9割以上を占めるスギ。なぜ海外への輸出に取り組むのか?どのように取り組むのか?今回は「宮崎のスギ」にフォーカスし、地域林業の海外進出について考えてみたいと思います。

 

 

宮崎県のスギ林

 

なぜ海外進出するのか

 宮崎県のスギは、江戸時代に本格的な植林が始まり、造船用材として加工・出荷されてきましたが、昭和に入り木造船が一般的でなくなってからは、主に建築用材として流通を広げてきました。なぜ今、海外進出に取り組むのでしょうか。宮崎県山村・木材振興課の矢野さんに伺いました。

 

「皆さんご存じのとおり、現在日本は、少子高齢化の影響で、人口減少に歯止めがきかない状況です。人口が減ると、住宅を購入しようとする人が減ります。そうすると建築材としての木材需要も減少していきます。県内で生産される木材の約7割が県外に出荷されている実情がある中、国内情勢の変化による木材需要の低下をどのようにカバーしていくか、それが喫緊の課題です。

 その課題を克服するため、宮崎県では、中国、韓国などの東アジアをターゲットに、海外向けの販路拡大に取り組んでいます。」

 

〇中国へのスギ原木輸出の現状

 木材輸出には、二通りの方法があります。一つ目は原木輸出、二つ目は製材品輸出です。原木輸出は、読んで字のごとく、加工していない丸太を出荷する方法で、一方、製材品輸出は、丸太に何らかの加工をして製品化し、出荷する方法です(写真参照)。宮崎県から海外への木材輸出は、ほとんどがスギ材であり、輸出額ベースで全体の約95%が原木なのですが、その約75%が中国向けの輸出となっております。実に、県全体の輸出額の約70%を中国向けの原木輸出が占めており、取引国として大きな存在であることが分かります。

 中国へのスギ原木輸出の取り組みは、民間を中心に、平成13年頃から始まりました。当時中国は、急速な経済成長の真っただ中で、それに伴い木材需要が急増していました。そこで、宮崎県森林組合連合会は、現地での展示会・商談会や、現地の建築基準に関する法律を検討して、輸出を阻害している点を洗い出すなどの取り組みを実施。そういった努力の結果、スギ材の大口の取引国として、中国が定着したそうです。ただ、原木中心の輸出体制には、一定の課題もあるようです。矢野さんは次のように話します。

 

「スギ原木の輸出価格は、決して高いとは言えません。県内林業・木材産業の安定的な成長のためには、より付加価値の高い、ブランド力のある製材品の輸出を増やし、県内事業者への利益還元率を高め、次の世代の森づくりを進める必要があります。そこで県では近年、韓国向けの製材品輸出にも注力しています。」

 


 

 原木(丸太)                          製材品

 

〇韓国におけるスギ製材品の普及活動

 宮崎県から飛行機でわずか1時間あまりの国、韓国。韓国の住宅はアパートやマンションの占める割合が非常に高く、建築用木材の入り込む隙はなさそうですが、一体どういうことなのでしょうか。

 韓国には、「韓屋(ハノク)」と呼ばれる独自の建築物が存在します。韓屋(ハノク)は伝統的な朝鮮様式の木造住宅で、ソウルの北村(プッチョン)や益善洞(イクソンドン)などに多く見られ、その歴史情緒あふれる美しさから観光地としても人気です。そのため国民の認知度も高く、木造建築は韓国の人々に馴染みのあるものだと言えます。

 

「我々はそこに着目しました。加えて、韓屋(ハノク)には日本独自の木造建築様式と類似する部分があるという技術的な観点からも、建築用木材が韓国の住宅事情に対して一定の親和性を持つであろうと判断し、スギ製材品の輸出先としてまずは韓国をターゲットとすることにしました。」

 

矢野さんは、「材工一体」というコンセプトのもと、韓国向けの輸出に取り組んでいると話します。

 

「現状、宮崎の製材工場のほとんどが木造軸組構法向けの製材品を製造しており、その製材品を木造住宅が一般的でない国に輸出するためには、構法も併せて輸出しなければなりません。そこで、韓国での木造軸組構法の適切な普及を促し、木造住宅の部材需要を高めるため、製品だけでなく建築技術もパッケージにして提供するのが『材工一体』という手法です。

具体的には、木造軸組構法の入門書や手引きなどを作成し、建築関係者や一般施主向けに韓国でセミナーを開催する、設計士や建築技術者を宮崎に招聘して実務的な研修を行うなどの取り組みをしています。特にセミナーは、平成28年度から令和元年度までで9回実施し、合計で1,330人の方々に出席いただきました。」

(※木造軸組構法:日本で一般的な、柱と梁(はり)の軸組で全体を支える建築法。)

 

 このような「材工一体」の取り組みが功を奏し、韓国からの県内企業受注棟数は増加、平成28年度には過去最高の30棟を記録しました。また近年では、公共の建築物(非住宅)の木質化も進んでおり、韓国でのスギ製材品の受け入れ基盤が、着々と整っているそうです。

 

 

 木造軸組構造実務者研修(宮崎県)    

 

                              

                            宮崎県産スギを使用した「韓屋(ハノク)」(韓国)                

 

 

 宮崎県産スギを使用した大学の交流スペース         宮崎県産スギを使用した公共施設

(大邱慶北(テグキョンブク)科学技術院 ※韓国の国立工科大学)          (国立世宗(セジョン)樹木園内 ※韓国の国立植物園)

 

〇宮崎のスギの今後 〜次なるターゲット・台湾〜

 国内人口の減少による木材需要の低下をきっかけに、東アジアへ大きく進出した宮崎のスギ。今後はどのような展開を見せるのでしょうか。矢野さんに伺ってみました。

 

「官民挙げてのこれまでの取り組みにより、中国と韓国で一定のスギ材の販路開拓は進みました。しかし、中国は米中貿易摩擦の影響、韓国は近年直面している景気低迷などにより、経済的・政治的に先行きが不透明な側面もあることから、新たなターゲットとして台湾に注目しています。

 もともと、高温多湿な気候のため、カビやシロアリに弱い木造住宅が普及していなかった台湾ですが、建築技術の向上や、高所得層を中心に健康志向が高まりを見せていることなどから、近年、国民の木造住宅への関心が高まり始めています。実は台湾でも、これまでに、小規模ながら木造住宅の普及を試みてきました。今後は、韓国での『材工一体』の取り組みのノウハウを活かし、台湾へのスギ製材品の輸出拡大に向けて、戦略的に取り組んでいきたいと考えています。」

 

 最後に、新型コロナウイルス感染症による県内林業への影響はどうなのでしょうか。

 

「新型コロナウイルス感染症の影響で、世界的に経済が低迷していることから、国内外の木材需要もやはり減少し、県内林業・木材産業関係者も打撃を受けています。そこで県では、林業・木材産業分野での新型コロナ対策事業を予算化し、随時実行しています。例えば、木材需要を喚起するために、建築物の木造化・木質化に対する支援や、県民へのPRなどを実施しているところです。

 今が正念場の宮崎の林業ですが、地元事業者に寄り添いながら、苦境の先の未来を見据えて頑張っていきたいです。」

 

 先人たちから引き継いだ森林資源を、時代に合わせて発展させてきた宮崎県。スギ材の海外販路拡大戦略には、利益は当然のことながら、宮崎ブランドの付加価値が高い製材品を流通させることにより、産業ひいては資源を持続可能なものにしていくという狙いがありました。現在は新型コロナウイルスという課題が眼前に立ち塞がっていますが、それを乗り越えた時、宮崎県の林業・木材産業は新たなステージへと進みそうです。

 

(経済交流課 児玉)

 

※印刷用PDFはこちら

Categories:海外販路開拓 | 九州・沖縄 | トピックス

Copyright © CLAIR All rights reserved.