(取材先:佐賀県政策部広報広聴課フィルムコミッション)
1.フィルムコミッションとは?佐賀県が注目される理由
フィルムコミッション(以下FC)とは、映画、テレビドラマ、CMなどの撮影を誘致し、ロケを円滑に進めるための非営利公的機関である。多くが国や県など自治体に組織されており、撮影支援を通じて作品づくりを後押しし、その結果、地域の認知度向上や誘客につなげる役割を担う(※1)。その中で、20年近くにわたり数々の作品のロケ地として選ばれ、東南アジア諸国の作品の誘致にも成功するなど、フィルムコミッション界のトップランナーのひとつとして知られているのが佐賀県である。ジャパン・ツーリズム・アワードやJFCアウォードなどこれまで数々の賞を受賞しており、単なるロケ支援の枠を超え、確立されたインバウンド戦略として評価されている。
※1参照:https://www.japanfc.org/about/purpose
2.佐賀県FC設立の背景
日本初のFCの設立には、ハリウッド映画「ブラック・レイン」が1988年に大阪で撮影された際、行政手続きの煩雑さや撮影環境上の制約に、監督が強い不満を示したことが契機となったといわれている。これを機会に、撮影誘致と円滑な制作活動支援を目的として、2000年に大阪フィルム・カウンシルが誕生、その後、全国へ広がった。
そうした中、2005年の比較的早期に佐賀県FCが設立された。九州はシリコンアイランドと呼ばれるほど半導体産業が盛んでIT・デジタル人材や関連インフラが集積している。また、地理的にもアジアに近く、それらの市場との接点も多い。こうした点を活かし、ITと親和性の高いコンテンツ産業で地域を盛り上げようという機運が背景にあったという。
設立直後は、佐賀県を舞台とした国内作品の大型ロケ(「佐賀のがばいばあちゃん」や「悪人」など)が相次いだが、その後、制作現場の人手不足や予算削減により、ロケの機会は減少した。そこで佐賀県は「待つだけでは先細りする」という課題認識を持ち、海外、特に地理的に近い東南アジアへ能動的に働きかける戦略へと変わっていった。
3.「自ら足を運び、現地のニーズを積極的に把握する」攻めの誘致
佐賀県FCの先進性は、東南アジアに対して「待ち」ではなく「攻め」の姿勢で誘致に取り組んできた点にある。多くの自治体が中国・韓国、欧米を主要ターゲットとしてきた中、佐賀県FCは2013年にタイへのアプローチを開始した。当時の背景には、同年にタイ観光客への観光ビザ免除制度が始まったことや、福岡との直行便や既存の交流によりタイとの関係性が構築されていたことにある。
佐賀県FCはまず、映画祭などを通じ、優秀なフリーの人材を現地コーディネーターとして採用した。採用するコーディネーターは、現地のエンタメ業界に幅広い人脈を有し、制作会社の実績や配信規模を把握し、持ち掛けられた企画の信用度を判断できる能力を有していることが採用の基準である。誘致時には、佐賀県FCはそうした基準を基に採用したコーディネーターとともに、監督や制作会社などを地道に訪問し、現地側の審査目線や状況を把握することで、制作側の高い要求水準を満たすような提案をすることが可能となっている。なお、現地コーディネーターは誘致段階のみならず、撮影当日や公開後のフォローまで、一連の誘致プロセスを通して全体を継続的にサポートもしている。
複数のタイ作品の誘致に成功したことから、2017年にはフィリピン、2019年にはマレーシアにも同様の現地コーディネーターを採用し、タイ同様の仕組みを横展開した結果、タイ以外の国でもロケ地として選ばれてきた。中でも、マレーシアドラマ「From Saga, With Love」では、ロケハンに同行し、佐賀ならではの素材を徹底的に紹介し、シナリオに多く取り入れてもらえるよう働きかけたところ、県内30か所以上がロケ地として登場することとなり、第2シーズンまで制作されることとなった。
ドラマ『From Saga, With Love 2』キービジュアル
4.攻めだけではない!短期間で判断・調整が行える、佐賀県庁内の体制
佐賀県FCが東南アジア作品の継続的な誘致に成功している背景として、攻めの姿勢があるが、それだけではない。一般的にFC事務局は観光協会や商工会議所などの外郭団体に置かれていることが多く、担当職員数も全国平均では0.7名である。一方、佐賀県FCは県庁内広報広聴課に設置されており、また4人の職員を配置している。県庁組織および多数の職員を配置しているからこそ、各所との調整の速さも強みで、道路使用や施設利用など、複数の所管がかかわる案件でも、チャット等の庁内システムで迅速に調整することが可能となっている。
また、映像制作は撮影から公開まで年単位で時間がかかることから、その間担当者が異動し、連絡先や経緯が消えてしまうリスクがある。それを避けるべく、公用スマホを1人1台保有し、制作側との連絡を個人端末ではなく組織として管理している。また、写真や動画の共有はクラウドで行い、ロケ地の提案は位置情報付きで提示することで、撮影地情報を担当間で共有することができるようになっている。
制作側はロケ地決定にあたり、複数にアプローチをかけ、短期間で候補地を絞り込むため、問い合わせに対し迅速に回答することが誘致成功の秘訣だという。佐賀県FCは、過去に蓄積したデータベースと現場で撮り下ろした素材を組み合わせ、1~2日で回答できる体制を整えている。
5.海外作品特有の苦労
海外作品誘致は国内より3倍大変との実感も示された。文化や慣習の違いに起因する住民とのトラブルの解消、写真撮影に関わる権利処理、食事面での制約への配慮など、制作チームへの丁寧な説明と理解に相当な労力が不可欠となるためだ。ゲームセンターでは、権利関係上撮影をするには許可が必要なものが多く、その説明と調整に多くの労力を要した。佐賀県FCが撮影を把握していない日に、酔っ払い役の俳優が道路に倒れ込む演技をするシーンを制作チームが撮影していたところ、外国人が倒れていると住民が誤認して通報する事態も発生するなど、数々の多様な事案が発生したという。
現場で発生する幅広い課題に対し、制作陣に状況ごとに丁寧に説明し、誠実に向き合いながら粘り強く解決する。こうした積み重ねが、異なる文化圏の制作チームとの信頼関係を築く基盤になっている。
佐賀FC支援のもと撮影を行うマレーシア制作チーム
6.ロケ誘致をインバウンドにつなぐ佐賀県の連携体制
佐賀県FCは作品の誘致と撮影支援を担当し、公開後は観光部門がBtoB・BtoCの両面でプロモーションを行う。具体的には、旅行会社向けの商品造成や、ショッピングモールでのイベントやファン向け企画などを行い、作品と観光施策を連動させて展開している。また、ドラマの視聴者が県内のロケ地を訪れる際に活用できる多言語デジタルロケ地マップを展開したりするなど、受け入れ側の整備にも力を入れている。筆者も当マップを使っていくつかのロケ地を周遊したが、親しみやすいイラストを基調とした専用マップ上にGPSで現在地が表示され、ロケ地の情報や撮影時のエピソードなども掲載されており、楽しみながら周遊できる内容となっていた。
「From Saga, With Love」デジタルロケ地マップ
「From Saga, With Love」のロケ地付近
7.インバウンド増加と住民への波及効果
海外作品の誘致は、地域への経済効果をもたらしている。50人ほどの制作陣が1か月滞在すれば、宿泊・飲食をはじめとした地域経済への相当の需要がロケ受入の段階から発生する。こうした直接的な経済効果に加え、作品が公開されてからの観光客誘客という第二段階の効果もあり、実際にタイについては、2013年当時、佐賀県を訪れたタイ人観光客数が370名であったところ、2019年には10,290名へと増加し、わずか6年で約30倍という急伸を遂げた。この期間には、タイ映画やタイドラマなど6作品が県内で撮影されており、これらの作品を通じて佐賀が広く認知され、観光客増加に大きく寄与したと考えられる。
佐賀県FCは海外作品が日本国内で視聴できないケースが多いため、「From Saga, With Love」の配信権を購入し、日本語字幕を付けてABEMAやYouTubeで国内公開できるようにした。これは全国的にも極めて珍しく、住民やロケ地関係者が作品を視聴することで、住民らが関わりを実感できるようにしている。商店街にはタイ語表記を行う、祐徳稲荷神社では、おみくじにタイ語表記が追加されるなど、作品をきっかけに地域が自発的に、受け入れ環境を整える動きも見られるようになった。
8.おわりに
攻めの誘致、県庁内の体制整えること、加えて、海外ならではの課題に対して丁寧かつ粘り強く向き合い信頼関係を築くことで、佐賀県FCは海外作品のロケ誘致を継続して実現してきた。その結果、インバウンド増につなげ、住民の参加意欲向上にもつながっている。
外部への発信に課題意識を持ちつつ地域の魅力をどのように伝えるか模索してきた佐賀県は、ターゲットを絞り込み、そのターゲットの要求にこたえることにより、地域のPRを推進してきた。同様の悩みを抱える自治体にとって、佐賀県の取組は、戦略と情熱次第で世界と繋がることができることを示す、考え抜かれたモデルケースと言えるだろう。
現パリ事務所 所長補佐 福畠 佳奈(元経済交流課 主査 金沢市派遣)







