事例紹介

世界が熱視線!アドベンチャートラベルのデスティネーションとしての日本の可能性 ~北海道・釧路市の取組~

■はじめに

 近年、アドベンチャートラベル(AT)のデスティネーションとして、日本が世界から注目を集めています。アドベンチャーというと激しいアクティビティをイメージしがちですが、世界最大のアドベンチャーツーリズム組織であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)の定義によると、身体的活動、自然、異文化体験の3つの要素のうち2つ以上を満たす旅行形態であればATに該当し、バードウォッチングや文化体験といった身体的負荷の少ないものも含みます。また、ただ有名な観光地を巡ったり、買い物をしたりして終わりというだけではなく、自分自身の成長や内面の変化を感じられる旅のあり方です。

 日本ではまだ広く浸透しているとは言いがたい旅行形態ですが、欧米豪を始めとして世界的な市場規模は年々拡大しており、近年の旅行者のSDGsに関する意識の高まりや、コロナ禍の影響により、旅行者の少人数、アウトドア体験のニーズが高まっていることなどから、ウィズ・アフターコロナにおいては、大きなトレンドの一つになる可能性を秘めています。また、同市場の顧客単価は、通常の1.7~2.5倍程度と団体旅行など他の旅行形態に比べて一人当たりの消費額が非常に大きく、基本的に旅行者が長期滞在することも相まって、今後日本の観光を大きく変えるだけではなく、地域経済に大きく貢献することも期待されています。

 今年9月には北海道において、アジアで初めて世界的な商談会、イベントであるアドベンチャートラベルワールドサミット(ATWS)が開催(新型コロナウイルス感染症の影響によりバーチャル開催に変更)され、2023年も北海道で開催されることが決定しました。その中でも特に精力的な取組を行っている北海道観光振興課と釧路市阿寒観光振興課にお話を伺いました。

 

 

<北海道観光振興課>

●北海道がAT推進に取り組み始めた経緯を教えてください。

 2015年に在米の富裕層向け旅行エージェントの招へいが行われ、道東の自然に感銘を受けた被招へい者が「北海道はアドベンチャートラベルのフィールド」と言ったことが北海道のATの始まりと言われています。

 最初は北海道運輸局や北海道経済産業局などが主導し、次第に道や道内の一部市町村でも本格的に取り組み始めることになりました。

 

●ATWS2021北海道開催の経緯と、どのような取組を行ったか教えてください。

 2016年に開催されたATWSアラスカに北海道の官民団体が初出展し、2019年には札幌市、釧路市などとともにATWS2021の北海道誘致準備会を設立しました。翌年の2020年には北海道がATWS2021の開催地に内定し、官民で組織する北海道実行委員会の会長に鈴木北海道知事が就任しました。実行委員会事務局は道庁内に設置し、道職員9名(兼務発令)と北海道観光振興機構職員9名がメンバーとして加わりました。

 サミットは当初、札幌コンベンションセンターで開催し、約60か国から旅行会社や観光協会、メディア関係者など800名が参加する予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、今年5月、バーチャル開催に変更すると主催団体のATTAから連絡がありました。

 サミット開催前にAT体験ツアーとして4泊程度の任意参加のプレ・サミット・アドベンチャー(PSA)21コース、開催初日の日帰りAT体験ツアーであるデイ・オブ・アドベンチャー(DOA)29コースを催行する予定でしたが、バーチャル開催となったため、代わりに急遽、日本のATの魅力を伝える映像を制作し、1日に2本、4日間、計8本をオンラインで放映しました。制作に当たって、道外を含む各地域において映像の素材を撮影し、それをATTAに編集してもらいましたが、繁忙期だったこともあり、ガイドの日程調整など非常にタイトなスケジュールで苦労しました。開催期間中に映像を視聴した参加者からは、チャットで「北海道に行くのが待ちきれない!」、「ここにある食べ物に心打たれました!」、といった多くの嬉しいコメントをいただきました。サミットでは、各種講演や分科会のほか、AT商品を手掛ける旅行会社同士のオンライン商談会や、参加者とメディアが情報交換を行うメディア交流会も実施され、商談成立に向けた交渉が始まっています。

 コロナ禍で依然渡航が難しい状況にあるということもあり、すぐには結果には結びつかないかもしれませんが、引き続き興味を持ってくれている関係者とやり取りを続け、信頼関係を構築していくことが重要だと考えています。

 

○ATWS VIRTUAL Hokkaido,JAPAN

1 日 程 2021年9月20日~24日

       ※北米、欧州及び日本の時差を考慮し、全4日間のプログラムを翌日に再放送

2 参加者 欧米豪を中心に58カ国から旅行会社・メディアなど617名の事業者等

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ATWS2023が北海道でリアル開催されることが発表されました。今後のスケジュールや準備について教えてください。

 来年のATWSはスイスのルガーノで開催されることが決定していますが、2023年は再び北海道が開催地として内定しました。実行委員会はそのまま残っており、既に2年後に向けて動き出しています。今回は夏や秋のグリーンシーズンだったため、今後は冬季商品造成の支援などを行っていく予定です。今回のATWS2021まで北海道のことを知らなかったという外国人も多く、私たちもここまで北海道が知られていないということが初めて分かったため、今後も日本政府観光局(JNTO)の海外事務所等とも連携して情報発信を強化していくとともに、オンライン商談会などを継続的に行っていきます。

 

●日本において、北海道以外の地域でもATが浸透する可能性はあると思いますか。

 大いにあると思います。今年実施予定だったATWS2021のPSAも北海道が15本と多いものの、残り6本は東北、中部、四国、九州といった道外の地域です。既に北海道以外にもATに精力的に取り組んでいる地域もいくつかありますが、日本は全国各地に魅力的なコンテンツが点在しているため、どこでもATの目的地になる可能性はあると思います。

 

 

<釧路市阿寒観光振興課>

●釧路市の観光資源と観光客の受入状況について教えてください。

 釧路市には、日本初のラムサール条約登録湿地である釧路湿原国立公園や、世界唯一の大型マリモの生育地である阿寒摩周国立公園の2つの国立公園があります。この特色ある自然の中で、釧路湿原でのカヌー、日本百名山の阿寒岳(雄阿寒岳、雌阿寒岳)でのハイキング、阿寒湖アイヌコタンでのアイヌ文化体験など、自然・文化・アクティビティを合わせて楽しむことができます。

 これら釧路市が世界に誇る自然や文化といった観光資源を最大限活用できる観光分野としてATに着目し、当市ではAT市場の中心である欧米豪をメインターゲットとしたAT施策を推進しています。ATWSの2016年アラスカ大会以降、毎年本大会に参加し続けるなど、他地域に先駆けてAT推進に取り組んできました。これらの取組は、本年9月にATWSが北海道でバーチャル開催され、また2023年には北海道でのリアル開催が内定するなどの成果に結びついています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●釧路市はどのようにATに取り組んでいるのでしょうか。

 ATに取り組む上で最も大事なことは、体制の構築と人材の育成です。現在、海外AT旅行者のニーズに合わせて、アクティビティだけでなく移動手段や、宿泊施設、食事場所などもオーダーメイドでアレンジできるツアーコーディネーターの数が日本国内で少なく、これがATへ参入する際の障壁となっています。釧路市では国の制度を活用し、民間事業者からDMOに専門人材を受入れしています。専門人材はAT推進体制強化を担い、将来的に当市でツアーコーディネーターとなる人材の育成などを行っています。また、地域おこし協力隊員を新たに採用し、将来的にこの地域のAT推進の中核人材とするべく、専門人材の指導の下スキルアップを図っています。

 

●なぜ地域おこし協力隊制度を活用し、ATの専門人材を採用したのですか。また、実際どのような活動を行っているのでしょうか。

 地域に根差した活動を行う地域おこし協力隊制度の趣旨と、AT推進人材に求めるものが合致していたため、今年4月、同制度を活用してAT推進員を募集しました。書類、面接等の選考を経て、現在までに香港人のアーネスト・モクさんと日本人の大川彩果さんの2名を採用しています。

 

 〇アーネストさん(2021年8月着任)

 関西の大学を卒業後、イベント会社に就職しましたが、就職活動中も地方創生に興味があり、人ともっと深い関係を築きたい、これまでも何度か訪れた北海道の魅力を世界に伝えたい、ATはまだまだこれからの分野であるためチャレンジしたい、といった理由により、今回の協力隊の募集を見て応募しました。

 協力隊の仕事は、今日はこれをやるといった明確な業務は決まっていないため、自分で課題を探して解決に向けて取り組んでいます。上司というものも存在せず、役所の人含め皆と協力関係にあり、意見交換や交流の場で地域の人たちに困ったことはないかなど聞いて回っています。マリモや阿寒地域の自然環境を展示している阿寒湖畔エコミュージアムセンターでは、英語版のパンフレットがないと聞いたため、翻訳作業を行いました。

 仕事上の課題は、AT自体まだまだ認知度が低いことです。ATは地域の人の理解がないと実施できないため、まずは地域の方と意識を共有することが大事ですが、中には「今までの観光じゃ駄目なの?」という人もいます。駄目とまでは言いませんが、もう一つの観光の形として取り入れることができたらいいなと考えています。

 

 

 

 〇大川さん(2021年10月着任)

 大学時代は1年間フィンランドに留学しており、卒業後は仙台のメーカーで3年間海外拠点の管理業務を行っていました。海外の拠点と遠隔で仕事をすることはやりがいを感じながらも、もっと相手の顔が近くで見える仕事がしてみたいと思い、今回協力隊の募集を見て応募しました。

 現在は観光インフォメーションセンターで受付や観光案内業務もしながら、ATの研修を受けています。10月に早速ATに力を入れている道内の旅行会社主催の道東3泊4日の研修に参加し、現地のガイドから注意点やコツなどガイドに必要なことを学びました。また現時点でのATにおける課題についてもほかの参加者との議論の中から見えてきて、勉強になりました。今後は、ATを通して阿寒湖だけでなく広域の道東エリアの魅力を発信できるようになりたいです。現時点ではあえて協力隊員としての最終的な目標は設定しておらず、まずは目の前のできることを一つずつやりながら、私自身の経験や培ってきた力を活かしてできることを模索していきます。

 

 

●今後の展望について

 ATを地域の稼ぐ力とするため、専門人材や地域おこし協力隊などによる人材育成によって推進体制を構築した上で、国内ATネットワークの広域化を推進するとともに、AT商品の造成等に必要となる海外ATバイヤーの招へい等による営業活動を進めていきます。こういった取組を、釧路だけでなく、根室や十勝、オホーツクなど、ひがし北海道エリアでの広域連携も図っていきます。

 

 

■おわりに

 コロナ前は、訪日外国人旅行者数が年々増加し、政府も観光を日本の成長戦略の柱と捉えていましたが、観光客数が急増することにより、オーバーツーリズムなどの環境面や、地域にはそれほどお金が落ちていないといった経済面での問題が生じていることも度々耳にしました。しかしながら、ATはこうした問題の解決につながる、新しい旅行形態だと感じました。

 今回は日本のAT業界において先駆的な役割を果たしている北海道の自治体を取材しましたが、日本には全国各地に海、山、川などの自然が溢れています。また、高層ビルが立ち並ぶ都市部や歴史的建造物が林立する古都であっても、独特な文化や風習が残っていることが多く、どの地域であっても海外からのアドベンチャートラベラーを惹きつける一大デスティネーションになる可能性を秘めています。大切なことは、ただコンテンツの羅列に終わるのではなく、それらの歴史や文化的背景などのストーリーを一貫したテーマを持ってしっかりと旅行客に説明することです。

 ATの取組は行政だけで行うことはできず、地域や民間組織と連携することが不可欠ですが、本記事が自治体の皆様が今後の地域の観光施策を考える上で参考になれば幸いです。

 

 

 

(経済交流課 森下)

 

 

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