事例紹介

田辺市熊野ツーリズムビューローの事例から学ぶ、誇れる地域のつくり方

 世界遺産・熊野古道を有する和歌山県田辺市には、昨年に4万3,824人もの外国人が宿泊しました。1,299人だった2006年と比べると、12年間でおよそ33.7倍にまで増えていることがわかります。今回は、同市のインバウンド誘致を成功に導いた立役者である田辺市熊野ツーリズムビューローに焦点を当て、地域とともに歩んできたこれまでの取り組みをご紹介します。

 

熊野古道へは多くのインバウンド客、なかでも欧米系の人々が多く訪れる

 

5つの自治体が合併した田辺市は、どのようにして観光連携を図っていったのか

 田辺市熊野ツーリズムビューローとは、2006年に田辺市で設立された官民協働の観光プロモーション団体です。2004年に熊野古道が世界遺産登録を果たし、その翌年に5つの市町村が合併するという2つの大きな出来事がありました。観光振興・地域振興においてはこれからが勝負というタイミングで合併をしたわけですが、その時点で存在する観光協会は5つ。活動目的も予算も異なるこの5つの観光協会を統合することは容易ではありません。そのため、5市町村で話し合いの場を設け、観光プロモーションを協力してやっていこうという意見で一致し、田辺市熊野ツーリズムビューローが結成されました。熊野古道を訪れる観光客の中で、その場所がどこの自治体であるのかを考える人はいません。だからこそ垣根を超えて連携を図り、協力していくことが大切だと考えたのです。

古くからの修験道_熊野古道は、深い山々に囲まれている

 

熊野古道を世界に発信するためのプロモーションと、受け入れ体制の強化

 田辺市熊野ツーリズムビューローはまず、熊野古道を世界に通用する観光資源に育てることを目標にしました。そのために最初に取り組んだのは、世界への情報発信です。田辺市熊野ツーリズムビューローの多田稔子代表は、「まずはALT(外国語指導助手)として以前この地に住んでいたカナダ人のブラッドさんを招聘しました。熊野古道に精通したブラッドさんからは、どんな情報があったら、より興味をもって熊野古道を楽しんでもらえるか、分かりやすい道標の表記の仕方など外国人目線を学ぶとともに、世界的なガイドブック『ロンリープラネット』の編集部に熊野古道の魅力をまとめたプレスリリースを送るなどしてアプローチしてもらったことで、同書に熊野古道を掲載してもらうことができたのです」と、外国人誘致への第一歩について語ります。

プロモーション事業部長を務めるブラッド・トウル氏

 

 海外へのプロモーションと並行して行われたのは受け入れ体制の強化です。「外国人が熊野に訪れた時に受け入れ体制の整備がなされていなければ、マイナスの評判になってしまいます」と多田氏は続けます。この危機感をもとに、まずは看板や案内板、パンフレット、マップを全て日英のバイリンガル表記にしました。その後、地元の観光事業者向けに、外国人を受け入れるためのワークショップを開催し、地元の宿から、外国人のお客様がいらした際に便利だと感じている言葉を挙げてもらったりしながら、共通して使える日英のコミュニケーションツールなどを作成していきました。こうした取り組みを重ねて、地元の人が抱えていた「英語を話さなくては」という不安を徐々に解消していったのです。

素材や表記がバラバラだった道標を統一させることで、分かりやすく景観にも寄与している

                         

巡礼好きな旅行者を取り込むために、スペインの巡礼道と提携

 田辺市熊野ツーリズムビューローはさらに、「巡礼道」というテーマに絞ったユニークなプロモーションを展開します。2008年には、スペインのサンティアゴ巡礼道の終着点にある、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市と提携し、双方の道を世界に向けて発信する共同プロモーションを開始しました。これに伴い、世界遺産熊野本宮館ではサンティアゴ巡礼道の常設展示をしています。また、2015年には2つの道を歩いた人を共同巡礼達成者として登録するプロジェクトを実施することで、欧米豪を中心とした外国人旅行者が日を追うごとに増えていきました。

 

ターゲットはFIT(個人旅行者)、その理由は?

 世界遺産に登録された直後は、観光バスに乗った団体客が押し寄せてきましたが、地元の人々は、これでは本当の熊野古道の良さを理解してもらえないと考えていました。多田氏も「巡礼道である熊野古道はそもそも団体向きではありませんし、大勢の旅行者を受け入れる宿泊施設もありません。1日もしくは数日かけてじっくり歩き、その沿道にある家族経営の民宿に泊まって地元の人々との交流を図るという点も魅力のひとつだからです」とその特性を語ります。そのため、田辺市熊野ツーリズムビューローは、設立当初より長期滞在する傾向があるFIT(個人旅行者)をターゲットに絞り込んできました。

青岸渡寺の三重の塔から眺める那智の滝も外国人客に人気

 

 プロモーションが効を奏し、熊野古道を歩きたいというFITが徐々に増えてくると、課題も浮かび上がってきました。宿の手配やプラン作りのサポートが必要になってきたのです。この課題を解消するべく、熊野ツーリズムビューローは旅行業の資格を2010年7月に取得しWeb予約の受付を開始。宿泊施設やガイドツアーの事前予約やキャンセルができるようになりました。来訪者の数が増えてくると、今度はノープランで熊野を訪れ、中には野宿をいとわない人もいるため、地元に迷惑がかかるケースも出てきました。そこで、その場で予約決済ができるようにと、2017年にはトラベルデスクを開設しました。つまり、行程や宿泊場所のプランが決まった状態で、インバウンド客を熊野古道に送り出すようにしているのです。さらに、民宿ではキャッシュレス決済ができないという課題があったため、旅行業を立ち上げた際に決済代行サービスの仕組みを作り、事前決済やキャンセルも可能にしました。

 

まとめ

 こうした取り組みの甲斐あって、熊野古道を訪れる国・地域別インバウンド客ランキングの上位は、オーストラリア、アメリカ、イギリス、フランスなど、FITで来訪する傾向にある欧米豪が占めています。一方でサモアやジャマイカ、モロッコ、バーレーンといった国からの来訪者も存在し、その国・地域数は約60カ国にも上ります。地元の人々と歩みを共にし、官民一体となって魅力を高めた結果、世界中の人々に来訪してもらえるようになった熊野古道。田辺市熊野ツーリズムビューローの取り組みは、「住んでよし、訪れてよし」の地域づくりのお手本のような事例といえるでしょう。

 

(やまとごころ編集部)

 

一般社団法人 田辺市熊野ツーリズムビューロー

http://www.tb-kumano.jp/

                                   

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