作成:特定非営利活動法人 国際社会貢献センター
コーディネーター 坂本 英樹
はじめに
「地域経済・地場産業の活性化」と「日本語教育支援」は一見結びつかないように見えますが、これからの日本、特に地方の経済や社会の活力を維持するためには、外国人材の確保・育成が大切になってきます。今回は、「外国人材への日本語教育支援」という側面に関して、気仙沼市での日本語教育支援に3年以上携わってきた経験を踏まえ、その重要性について言及します。
ABICの紹介
特定非営利活動法人国際社会貢献センター(ABIC:Action for a Better International Community、通称エイビック)は、商社の業界団体である一般社団法人日本貿易会が社会貢献として独自の人的支援を行うために2000年に設立したNPO法人で、海外ビジネス等の経験やノウハウを持つ商社出身者などの会員を自治体や企業、学校などに派遣し、多様な分野で支援を行っています。特に「地方自治体・中小企業支援」分野においては、政府による地方創生に向けた取り組みが広がり、地方の社会経済活動がコロナ禍による停滞から回復しつつある中、地域経済の担い手である中小企業が抱えるさまざまな経営課題の解決に向け、地場産業振興を促進する地方自治体・関係機関からの人材支援要請が増えています。ABICは、これまでに約20の地方自治体・関係機関と年間業務委託契約を結び、また7県の「プロフェッショナル人材戦略拠点」において「人材ビジネス事業者」として登録しており、多数の活動会員が、中小企業の海外進出や首都圏での販路開拓、人材育成、町おこしの施策立案などを通じて、人手不足の解消、地域経済の活性化に貢献しています。
外国人労働力へのニーズ
日本では、少子高齢化の進行、若年労働力の不足を背景に、外国人技能実習生をはじめとする外国人材の力を借りることが、特に労働力不足が顕著である地方の地場産業ではますます必要になってきています。外国人材に日本で快適に安心して暮らし、仕事をしてもらうためには、日常の生活でも仕事でも、双方向のコミュニケーションが大事であり、言葉(日本語)がある程度できることが求められます。また、国全体の潮流としても、2019年6月には在留外国人への日本語教育の充実を促す「日本語教育推進法」が公布、施行されました。この法律により、国や自治体には在留外国人に対する日本語教育の推進に必要な施策に努める責務、企業には雇用する外国人に対する教育機会の提供に努める責務が明記されました。また、来年度の通常国会では、1993年に始まった技能実習制度が廃止(新制度へ変更)され、技能実習生が特定技能に移行する際には日本語の試験の受験を必須にするなどの施策が検討、決定される予定であり、今まで以上に日本語教育支援の重要性が高まっています。
気仙沼市における技能実習生への日本語教育支援
ABICは、2020年7月に、産業支援および外国人支援を通じて地域経済の活性化を図ることを目的とした包括協定を宮城県気仙沼市と締結しました。気仙沼市の人口は、2023年9月末で約5万8千人、そのうち外国人は約700人です。気仙沼市では他の地方都市と同様、少子高齢化が進んでおり、特に高校卒業時に進学や就職で気仙沼市を離れる方が少なくないことから、市内企業における産業人材の確保が課題となっており、水産加工業をはじめ多くの産業が外国人材を必要としています。外国人材の多くを占める技能実習生は20歳代の若い人が多く、親元を離れて言葉や生活習慣、文化などの違いに戸惑いや不安を感じながら生活しています。気仙沼市は、以前より、地域の方々と交流するイベントを開催したり、民間の方が料理店や宗教施設を設置したりするなど、技能実習生を含む外国の方々が楽しく、生活しやすい環境を整備しようと取り組んでいます。気仙沼市の住みやすさをアピールして、多くの外国人から気仙沼市に来て良かったと喜ばれるまち、選ばれるまちを目指しています。
気仙沼市が地域の活性化に向けて、技能実習生をはじめとする外国の方々と地場産業とのつながりを深めるために取り組んでいることの一つが日本語教室であり、ABICは日本語講師を派遣して運営を支援しています。2020年7月に開講して以来、コロナ禍での休講はありましたが、月2回、対面授業を基本として継続しています(オンラインでの授業も数回行いました)。学習者の数は、2020年は9人、2021年は23人、2022年は37人、2023年は30人と着実に増えてきています。当初は女性ばかりでしたが、2022年からは男性の技能実習生も加わりました。学習者の多くはインドネシア人が占め、ミャンマー人も少数います。以前はベトナム人、フィリピン人の学習者もいました。現在は、隔週の日曜日に、レベル別に午前2クラス、午後2クラスで勉強しています。日本語の学習者の目的は2つあります。1つは、仕事や日常生活の場面で日本語で会話できるようになること、もう1つは、帰国後に活躍できる場を広げるために日本語能力試験に合格することです。日本語を勉強する目的を、「日本人が何を話しているのか理解したい」「将来、国で日本語を教えたい」「日本語を使って勉強したい」などと、学習者は話しています。
日本語教室の運営で一番重要なのは、企業の日本語教育に関する理解と学習者への激励、支援です。例えば、ある会社は開講以来、毎年学習者を教室に通わせていますが、学習者との意思疎通が良くできていて、学習者の気持ちに寄り添って心配事などの相談にも乗っています。その会社の学習者は皆さん、月2回の教室での勉強を楽しみにしていて、今年8月には地域のイベントに参加し、「インドネシアの踊り」「日本の歌」を披露しました。地域の方たちと交流ができて、とても良かったと言っていました。
日本語教室の風景(左:対面、右:オンライン)
ABICの日本語講師は、日本語という言葉だけではなく、日本で生活する上で不都合のないように、習慣、規則、そしてマナーも教えています。授業は「起立」「こんにちは」「よろしくお願いします」「着席」で始まり、「起立」「ありがとうございました」で終わります。また、遅刻したときは注意しています。今年は、日本語の勉強も兼ねて、「生け花」「紙芝居」など日本文化の体験もしてもらいました。技能実習生の皆さんには、日本語教室での授業だけでなく、日常の生活を通して、いろいろな体験をしてもらうことで、日本を知ってもらいたいと思っています。一方で、地域の皆さんには、技能実習生それぞれの国の文化、習慣などを知ってもらい、お互いの理解を深め、尊重し合う関係ができていけば、地場産業、地域経済の活性化につながると信じています。
生け花体験授業の風景
今後の展望
ABICは今後さらに重要性が増してくる「外国人材への日本語教育支援」の分野において、日本語講師の養成、オンライン授業の提供も含め、引き続き、取り組みを拡充していきます。
〇執筆者プロフィール
1949年11月生まれ
1973年に日商岩井株式会社に入社、2001年に皮革商社に転職し、2016年退社。
2018年3月にABICに入会。2019年7月よりABICコーディネーター。国際理解、日本語教育を担当。