事例紹介

世界初のアルベルゴ・ディフーゾ・タウン 岡山県矢掛町の観光まちづくり

<はじめに>

 現在、急速な少子高齢化や都市部への人口集中などに伴い、地方を中心に空き家の増加が問題視されています。そのような中、政府は古民家を地域の観光資源と捉え、農山漁村を含めた地方に広く存在する古民家等の歴史的資源を活用した、魅力ある観光まちづくりを推進し、インバウンド誘客にも繋げようとする動きがあります。
 今回は、古民家再生により街全体を活性化させ、世界初の「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」として認定された矢掛町を紹介します。矢掛町は旧山陽道の宿場町の風情ある街並みを地域資源として活用すべく、空き家となっていた古民家をリノベーションし、住民や観光客が集う地域交流拠点や宿泊施設に改修することで観光客の増加を目指しています。
 矢掛町の観光まちづくりについて、矢掛町役場産業観光課、一般財団法人矢掛町観光交流推進機構( 以下「やかげDMO 」という) にお話を伺いました。

 

「アルベルゴ・ディフーゾ」とは

地域に散らばっている空き家を活用し、建物単体ではなく、地域一帯をホテルとみなすイタリア発祥の取組です。イタリア語で「アルベルゴ」は「宿」、「ディフーゾ」は「分散した」という意味で、直訳すると、「分散した宿」、つまり「街まるごとホテル」を表します。通常、ホテルと言えば、ホテル建物内にレストランやバー、お土産屋があり、様々な催しが開催され、一つのホテルの中でサービスが完結してしまいますが、「アルベルゴ・ディフーゾ」は地域全体がホテルそのものであり、街中のいくつもの場所でサービスやおもてなしがあります。


矢掛町の街並みについて

矢掛町は、江戸時代に旧山陽道の第18番目の宿場町として栄えた町であり、当時、大名は年平均14家が本陣を中心として街全体に宿泊していました。全国で唯一、本陣・脇本陣共に国指定重要文化財に登録されています。矢掛町は、歴史的な町並みを有していることが特徴的であり、江戸、明治、大正、昭和( 戦前) の建物が併存しています。

妻入り五軒並び

 

< 「アルベルゴ・ディフーゾ」認定のきっかけ>

●矢掛町が「アルベルゴ・ディフーゾ」に認定された経緯を教えてください。

 平成30年6月、矢掛町の古民家再生を核とした賑わい創出によるまちづくりの取組が評価され、イタリア・アルベルゴ・ディフーゾ協会から「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」として「矢掛町」が、また、「アルベルゴ・ディフーゾ」として宿泊施設「矢掛屋」が認定を受けました。「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」の認定は世界初、「アルベルゴ・ディフーゾ」の認定はアジア初となっています。

 実は、矢掛町は「アルベルゴ・ディフーゾ」の認定を目指していたわけではありません。もともと矢掛町役場が課題であった人口減少や空き家増加の解決、また、古き良き街並みを後世に残すために、古民家再生事業に取り組んだことから始まります。

 

●どのようにして事業を進められましたか

 街並み景観保持と賑わいの創出を目的に、平成24年度から平成26年度にかけ、古民家再生事業の一環としてまずは3棟の古民家の改修を行いました。

 「旧谷山邸」は観光案内や物販・飲食、また交流施設としての機能を持たせた「やかげ町家交流館」として、古民家の特徴を活かした改修を行いました。また、「旧竹内邸」と「旧赤澤・守屋邸」は、宿場町でありながら宿泊施設がなかったことから、古民家ホテル「矢掛屋INN&SUITES」として改修を行いました。宿泊機能だけではなく町民も利用できる温浴施設も設けました。運営については指定管理者制度により民間企業が管理・運営を行っております。前者については、町内外の住民、企業から出資を受けた株式会社やかけ宿が運営しており、地域と一体となったイベント等の実施や、特産品のPR 、情報発信も行っています。後者のホテル2 棟については、株式会社矢掛屋が運営しております。

 

    やかげ町家交流館         矢掛屋本館           矢掛屋 温浴別館

 

 

 平成28年度には民間投資を呼び込み、100年にわたり受け継がれてきた木材加工所を改修し、江戸時代の米蔵をイメージした新たな観光拠点「矢掛豊穣あかつきの蔵」が民設民営で開業されました。


矢掛豊穣あかつきの蔵

 

 こうした古民家や空き家を宿泊施設等として再生させ、地域を活性化させた取組が評価され、平成30年度に「アルベルゴ・ディフーゾ」に認定され、さらに明確なコンセプトや方向性が定まりました。

 ハード面では、平成30年度から無電柱化事業の推進、重要伝統的建造物群の選定開始や平成31年度からの5か年計画で街路灯、イベント広場、観光ライトアップ等の整備により、宿場町「やかげ宿」の歴史的街並みのブラッシュアップを進めました。

 一方、ソフト面として、行政では難しい、観光をマネジメントし、柔軟かつ迅速な取り組みを行うべく、平成31年度には、観光地経営の舵取り役として、「一般財団法人矢掛町観光交流推進機構( やかげDMO)」を発足しました。

 令和年代に入り、無電柱化事業が完了、重要伝統的建造物群保存地区に認定され、隣接する商店街で買い物、飲食をしてもらう為、物販、飲食コーナーを設けていない全国的にも珍しい道の駅を開業し、新旧が混在する現代の宿場町としての形が出来上がりました。

 

やかげDMO が管理する矢掛ビジターセンター問屋

道の駅「山陽道やかげ宿」

●どのような財源を活用されましたか。

 古民家再生事業は、「社会資本整備総合交付金」や「過疎対策事業費」など有効な財源があったということが実施にかかる一つの要素でもありました。
 また、他にも観光まちづくり事業の一環として、地域再生計画「宿場町矢掛まるごと古民家ホテル計画」、「道の駅山陽道やかげ宿賑わい創出事業」に基づく、地方創生推進交付金も活用しています。


●地域住民の機運醸成やキーマンは?

 昭和51年9月の台風の集中豪雨により矢掛商店街は甚大な浸水被害を受けましたが、商工会青年部が立ち上がり、水害からの復興に向けて、「大名行列というお祭りをしよう。」 と「矢掛の宿場まつり大名行列」を始め、地域を挙げて町の一大イベントとして現在まで続いています。

 このように、元々この地域に住民の主体的なまちづくりの土壌があったと言えます。やかげDMOは、町内の観光施設、商工会、金融機関、農業者、交通事業者、宿泊事業者、議会などが構成員となっており、このやかげDMOがキーマンとなり、関係者と協働しながら民間活力による持続可能なまちづくりに取り組んでいます。

 

●「アルベルゴ・ディフーゾ」認定された後の地域の変化について教えてください。

 「アルベルゴ・ディフーゾ」認定後、岡山商工会議所内に「アルベルゴ・ディフーゾ」の国内組織である「一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン」ができました。同会では、この取組の日本国内の普及・認定を目指しています。

 地域の変化としては、西日本豪雨災害や新型コロナウイルスの影響を受けたものの、観光客が増加しております。令和3年3月に道の駅「山陽道やかげ宿」及び「矢掛ビジターセンター問屋」が開業した影響は特に大きく、それまでよりも観光客の増加幅が拡大しました。また、驚くことに移住者数も増加しております。空き家バンク制度による移住者の実績は、平成27年度から令和3年度にかけて180人移住し、成約件数は107件となっております。また、矢掛商店街等への新規出展者数も増加し、平成27年度から令和3年度にかけて、町空き家活用新規創業支援制度を活用して、22店舗が開業しました。移住者が出店するケースも多くなっております。おしゃれなカフェが開業したことにより、若者の移住が増加しました。

 他の変化としては、東京2020オリンピック・パラリンピックのホストタウンとなり、イタリアとの交流が生まれ、令和2年にはAC ミランアカデミーと小中学生のスポーツ交流もありました。

 

<今後の課題や施策>

●今後、矢掛町が目指す観光まちづくりの方向性を教えてください。

 矢掛町における多様な観光資源を最大限に活かし、やかげDMOを中心に関係者と協働しながら民間活力により観光振興を推進します。また、地域全体で観光客を受け入れる体制を強化し、地域住民と観光客が共存する観光振興を目指します。

 実際、矢掛町を訪れた外国人観光客のアンケートでは、地域住民との交流が一番印象に残っているというお声を聞きました。国内外問わず、一気に大勢の観光客を誘客することを目標とするのではなく、観光客と地域住民の距離が縮まる観光スタイルにより、矢掛町の魅力を知ってもらい、ファンを増やしたいと考えています。

 古民家再生事業を通じた観光まちづくりによる町の活性化の展開については、まだまだこれからだと思っていますが、矢掛町のおもてなしが世界に通用することに誇りを持ち、国内外への情報発信を強化し、矢掛町への誘客を促進したいと考えています。

 

●矢掛町役場とやかげDMO、その他事業者との連携について教えてください。

 矢掛町役場は、これまで民間事業者や地域住民と連携し、古民家再生や道の駅の整備事業を行ってきました。今後、矢掛町役場は民間活力による観光振興のための支援を中心に行っていきます。空き家の利活用を促進するための空き家バンクや、空き家改修補助金、空き家活用新規創業支援などの支援体制を充実させています。

 観光による賑わいの創出と地域経済の持続を推進していくためには、行政だけでは限界があり、公平性を保つ上でも事業の推進が難しい場合があります。ソフト事業を展開するにあたっては、柔軟かつ迅速に対応する必要性があるため、やかげDMOが地域の稼ぐ力を引き出し、「観光地経営」の視点に立った舵取り役を担います。例えば、コンテンツ作りや情報発信などのソフト展開については、主にやかげDMOが担い、最近では農泊推進やマイクロツーリズムに取り組んでいます。

 また、岡山大学と連携し、産業連関について分析を行っています。


●インバウンド誘客に向けた取組について教えてください。

 やかげDMOでは、インバウンド誘客に向け、モニターツアーを実施し、ニーズの把握やコンテンツ作りに取り組んでいます。海外からの修学旅行生の受入も行っています。他にも、パンフレットやホームページの多言語化による情報発信や、受入体制を整備しています。
 「アルベルゴ・ディフーゾ」発祥地であるイタリアなど、長期滞在が見込まれるヨーロッパからの誘客を目指したいです。

 

<おわりに>

 行政だけで地域に点在する空き家すべてに対処することは困難ですが、矢掛町は行政が民間事業者や住民それぞれのキーパーソンをうまく巻き込み、合意形成や連携ができていることが取材を通じてわかりました。
 また、単に、町の各地に宿や飲食店などの施設を分散させるだけでは人々は集まらず、そこに経済を生み出すことはできませんが、矢掛町の取組の秘訣は、それを運営する人の士気の高さやホスピタリティにあると思います。実際、取材に行った際に、商店街の事業者や観光客のやりとりを目にし、事業者同士の連携や、観光客に対するホスピタリティを感じました。
 近年、コロナ禍を経て観光スタイルが変化し、「持続可能な観光」や「高付加価値化」がキーワードとなっていますが、町全体を周遊し、地域住民と交流しながらそこに泊まるということ自体が「本物の体験」となる矢掛町の観光まちづくりは、国内だけでなく、今後のインバウンド誘客にも期待できるのではないでしょうか。
 矢掛町の取組の根本には地域住民の存在があり、地域の課題を解決し、住民の生活の質を高めるというところが重要な視点でした。矢掛町にとって観光はその一つの手段でありますが、観光振興に取り組む上で、いかにその地域の文化・ストーリーを観光コンテンツとして活かすか、そこに様々なプレイヤーがいるかという点が鍵ではないかと思います。本記事が少しでも皆様の参考になれば幸いです。


(経済交流課 辻脇)

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