世界中を旅しながら働く「デジタルノマド」。近年、欧米を中心にその存在感を高めるこのライフスタイルが、ついに日本にも本格上陸した。自治体として日本で初めて、デジタルノマドの本格的な誘致に乗り出したのが福岡市である。2024年10月、約40カ国から200人のデジタルノマドが一堂に集ったプログラム「COLIVE FUKUOKA」は、インバウンド施策の新たな可能性を示す象徴的な事例となった。本記事では、「デジタルノマド」を誘致し「COLIVE FUKUOKA」を開催するまでの経緯、福岡市への効果と影響、そして今後の施策について紹介する。
(オープニングセレモニーの様子)
「COLIVE FUKUOKA」開催までの道のり
福岡市が主導して開催した「COLIVE FUKUOKA」は、海外での認知度が低い福岡の存在を世界に発信することを目的としていた。「福岡を知ってもらうためのシンボリックなイベントが必要だと思った」と語る福岡市観光産業課観光産業係長の横山氏は、場所にとらわれず自由に働く「デジタルノマド」に注目し、イベントの開催を決めたが、その開催までの道のりは決して平坦ではなかった。
デジタルノマドを誘致するために、最初に直面したのは「どうすれば彼らに情報を届けられるのか」という課題だった。初めは、まだ見ぬデジタルノマドのWeb広告を打ち出すか、オンライン旅行代理店にデジタルノマド向けに企画を考えてもらうか、情報の伝達方法について手探りであった。しかし、本イベント立役者であるAkina氏のオンラインセミナーに参加し、「デジタルノマドはコミュニティで動く。広告を見て動くのではなく、信用している人の言っていることを信頼して動くことを実感した。」と横山氏は語った。
Akina氏は、コミュニティに加えて「言葉・時差・距離・価格」が誘致を行う上で重要な要素になってくると語り、より円滑な誘致を行うために「COLIVE FUKUOKA」を立ち上げた。イベントには、日本語と英語が話せる人材を配置し、デジタルノマドが安心して滞在できる環境を整えた。Akina氏が世界中のノマドコミュニティリーダーや、ノマドクルーズに声をかけ、集まった参加者は「「友人が去年参加していて、すごく良かったと教えてくれた」と語った。
世界中から集まったデジタルノマドが、また別のコミュニティで情報を共有し、福岡という都市の良さを広めていく、このプラスの連鎖を生み出すことこそが誘致成功の鍵となった。
(Akina氏(右から3番目)と参加者)
次に直面したのは、事業設計と予算化の課題である。横山氏は「どうやって予算を確保し、どのような形で事業として進めていけばいいのか分からなかった」と当時を振り返る。本イベントのもう一人の主催者である株式会社遊行の大瀬良氏に相談を重ねる中で、少しずつ事業としての形が見えてきたと言う。ご本人もデジタルノマドである大瀬良氏からは、「デジタルノマドは自由を重視し、参加するかどうかの選択権をとても大切にしている。そのため、主催者側が一方的に決めつけるのではなく、『こういう企画があるので、興味のある人はぜひどうぞ』というような、柔軟な設計が必要だ」とアドバイスを受けたそうだ。この点が、従来の自治体による観光事業とは異なり、「COLIVE FUKUOKA」がデジタルノマドから支持を集めた大きな理由の一つである。
こうした背景のもと、初年度である2023年には、24カ国から50人のデジタルノマドが福岡に集結。2024年には、さらに約40カ国から200人もの参加者を迎えることに成功した。
(イベントの様子)
誘致による効果、影響
「COLIVE FUKUOKA」の開催は、福岡市にもさまざまな効果と影響をもたらした。第一の効果は、シティプロモーションとしての役割である。世界中を旅して多くの都市を見てきたデジタルノマドが福岡市を選ぶという事実そのものが、非常に強力なシティプロモーションになると横山氏は語る。世界で注目されているデジタルノマドが“お気に入りの都市”“推しの都市”として福岡市を挙げることで、福岡市が世界から注目される存在となるのだ。
第二の効果は経済的な波及効果である。高所得者が多いデジタルノマドが長期間滞在することで、宿泊、食事、観光などへの消費が増える。実際、観光事業者からは「過去最高の売り上げだった」といった喜びの声も上がったという。さらに、地元企業とのマッチングやネットワーキングの機会も生まれ、より深い経済効果も期待されている。「小さなところではスキルシェアに繋がったり、それを超えて『そのスキルがあるなら手伝ってほしい』というような声がかかったり、あるいは『あなたたちのビジネススキームなら、うちのこの仕組みが使えるかもしれない』といった形で、ビジネスマッチングに発展する可能性もある。福岡の働きやすさや創業メリットを感じてもらい、実際に創業に至るようなケースが生まれれば、恒常的な需要や価値の創出にもつながる」と横山氏は語る。また、2024年のイベントでは多くのスポンサー企業が支援に加わったことも大きな成果である。「民間企業がスポンサーとして支援してくださったことで、イベントの価値が認められ始めているというと手ごたえも感じている」と横山氏は振り返った。
今後は、本イベントを通じて福岡を訪れたデジタルノマドが福岡を気に入り、地元企業とともに新たなビジネスを創出したり、企業が地域に参入したりすることで、単なる誘致イベントの枠を超えた、より持続可能な取り組みへと発展していくことが期待される。
(スポンサーが記載されたstaff ティーシャツ)
他の自治体と福岡市の異なっていたこと
「COLIVE FUKUOKA」の成功には、福岡市ならではの特徴と行動力が大きく寄与した。福岡市は、他の自治体がまだデジタルノマドの誘致に本格的に取り組んでいない中、イベント開催という大胆な決断を下した。Akina氏は次のように語る。「いろんな自治体に声をかけたんですけど、最初に手を挙げてくれたのが福岡市だったんです。日本の自治体って、誰かが先にやっていたら『じゃあうちも』って動くところが多い。でも、その最初の一歩を踏み出してくれる自治体を見つけるのがいちばん難しいんです。そこを福岡がやってくれたんですよね。」この失敗を恐れずに先陣を切って取り組む姿勢が、多くの応援と協力を引き出す原動力となった。
加えて、福岡市の大きな強みはアクセスの良さである。空港から市内中心部までの距離が非常に近く、都市機能がコンパクトにまとまっている。世界を旅するAkina氏も「空港が世界一、市内に近いって言われてますけど、本当にそれはすごいこと。アクセスが良いって、やっぱり強みだなと実感します」と語る。韓国からはわずか1時間、台湾やバンコクからも直行便があり、アジア各国との距離感の近さも、デジタルノマドにとって大きな魅力である。
さらに、福岡市は起業を行うスタートアップ起業を支援する取り組みスタートアップ支援の充実度でも他の自治体と差別化を図っている。Akina氏は、「今後は起業家デジタルノマドをさらに集めていきたい。現在は広く門戸を開いている段階ですが、将来的には『日本で会社を立ち上げたい』という層にフォーカスしていきたい」と語る。起業を視野に入れるデジタルノマドにとって、支援体制の充実は大きな後押しとなる。
このように、スピード感、決断力、アクセスの利便性、そしてスタートアップ支援という複数の要素が重なり、福岡市は他の自治体とは一線を画す取り組みを実現してきた。
行政としての働きと民間企業と今のフェーズ
行政の役割について、横山氏は次のように語っている。「行政は旗振り役であり、まずは“需要がある”ということを示し、民間企業の動きを促すことが役割だと思っています。市場としての価値を示すことで、民間が参入しやすくなるのです。」実際、2024年の「COLIVE FUKUOKA」では多くのスポンサー企業が参画し、民間企業の関心と関与が高まりつつある状況が見えてきた。「福岡市が今後も主催として継続していくべきかどうかは、これからの動き次第だと思っています。すでに民間が積極的に関わり始めているので、行政と民間が共同で運営する形も考えられますし、場合によっては民間のみで十分に成立するケースも出てくるかもしれません」と今後の展開について期待を込めて語っている。
見えてきた課題と今後の展望
大成功を収めた「COLIVE FUKUOKA」だが、イベントを通していくつかの課題も明らかになった。第一の課題は、宿泊環境の整備である。横山氏は「福岡はホテル客室数が全国的にも多いが、10月など人気シーズンには早期に埋まってしまう」と指摘します。さらに、デジタルノマドは観光客とは異なり、旅そのものが日常である。彼らが求めるのはホテル宿泊ではなく、1~2ヶ月の中長期滞在を前提とした拠点だ。しかし、福岡市は世界のライバル都市と比べて、中長期滞在に適した施設の整備が十分とは言えず、この点が大きなボトルネックとなっている。「観光客であれば、年に1〜2回の特別な旅行なので、高額を支払っても良いと思いますが、デジタルノマドにとっては生活の延長線上にあるため、過度な出費は控えたいんです。滞在してもらうには、インフラや生活費を含めて月15万円程度のコスト感覚でないと、受け入れは難しい」と横山氏は説明する。加えて、言語の壁も課題の一つである。Akina氏は「難しかったのは言葉の壁」と述べ、特に宿泊施設のオーナーが日本語しか話せないケースでは、海外からの参加者との間でスムーズなコミュニケーションが難しい場面も生じたという。
また、Akina氏は「コミュニティマネージャーを配置し、年間を通じた受け入れ体制を整えることが大切」だと強調する。イベントをきっかけに福岡市を訪れた人々が、イベント期間外でも再び訪れたいと思えるようにするには、信頼できる現地のコミュニティマネージャーの存在が不可欠である。横山氏も「滞在できる拠点と、その地域で頼れる一人の存在が最も大事だと感じている」と同意する。実際、今回のイベントでは各所にコミュニティマネージャーが配置され、参加者との信頼関係構築や交流支援の役割を果たした。参加者からも「コミュニティマネージャーの存在が心強かった」との声が寄せられている。
現在はまだシンボリックなイベントとしての段階にありますが、今後は、年間を通じてデジタルノマドを受け入れられる、持続可能な環境づくりへと移行していく予定である。そのためにも、地域に根ざしたコミュニティ機能の強化が必要となる。
(参加者の様子)
結び
Akina氏は、今後への期待として次のように語っている。「多様性を受け入れる器を持つことが、日本社会にとって非常に大切だと思います。人口減少や労働力不足が深刻化する中、海外からの人材や多様な価値観を受け入れる柔軟さは不可欠です。日本には“自分たちで頑張る”という文化がありますが、それに加えて、いろんな人や生き方を自然に受け入れられる“器の広さ”が必要だと感じます。港町のように、間口を広く構え、さまざまな背景を包み込むような姿勢を持ってほしいと思います。」
福岡市が先陣を切って実施した「COLIVE FUKUOKA」の挑戦は、他の自治体にとっても大きな学びとヒントを与える事例である。行政が旗を振り、民間と連携しながら、柔軟で挑戦的な姿勢で取り組むことこそが、これからの新しいインバウンド戦略につながっていく。本記事が、今後デジタルノマド誘致や国際交流に取り組む皆さまにとって、施策のヒントとなることを願い、結びとする。