福岡県北九州市は、1901年の官営八幡製鐵所の創業以来、日本の四大工業地帯として発展してきた一方で、高度経済成長期に深刻な公害問題に直面し、それを市民・企業・行政が一体となり克服した歴史がある。この過程で培った技術やノウハウをもとに、上下水道や環境分野で、30年以上にわたり国際技術協力を実施し、アジア諸都市を中心に世界の環境改善に貢献してきた。
現在では、これまでの国際技術協力での経験と実績、アジア各都市との人的ネットワークを活かしながら、市内企業の脱炭素技術や新たなビジネスモデルなど先進的な取り組みの海外展開を推進することにより、アジアにおける脱炭素化と地域経済の活性化を進めており、このような「環境と経済の好循環」の取り組みは世界的に評価を受け、2011年には経済協力開発機構(OECD)によりパリ・シカゴ・ストックホルムと並ぶ「グリーン成長モデル都市」に、2018年にはアジアで初めて「SDGsモデル都市」に選定されている。
自治体における「海外での販路開拓」というと、地元特産品やその付加価値商品などの海外販路拡大に目が向きがちだが、「物(もの)」だけではなく、「知(ち)」や「技(わざ)」に焦点を当て、さまざまなステークホルダーと連携しながら、長年にわたり取り組んできた北九州市独自の海外ビジネス展開について取材した。
1) 官民一体となった“北九州グループ”での世界の水ビジネス市場参入
【取材先:北九州市上下水道局海外事業課】
北九州市は、その高度な上下水道分野での技術を駆使し、アジアを中心に世界の水環境の改善に挑戦している。30年以上にわたる国際技術協力の成果は国際的に高く評価されており、同市の代表的な取り組みの一つとして注目されている。
上下水道分野での累計派遣職員数は13カ国で213人に上り、海外から受け入れた職員数は157カ国・地域で6,682人と、他に例を見ない規模だ(令和5年3月末現在)。この国際技術協力の一環で、カンボジアには20年以上にわたり職員を派遣し続けており、強固な信頼関係を築いている。こうした取り組みによって、北九州市はカンボジア国内でも高いプレゼンスを誇っている。
市は、これまでの国際技術協力の経験とアジア諸都市との信頼関係を活かし、企業の海外進出を支援することで、地元経済の活性化や産業振興、雇用創出にも貢献したいと考えている。また、世界の水環境改善にも寄与することから、海外水ビジネスを「ビジネスの視点を取り入れた国際貢献」として重点施策に位置づけ、積極的に取り組んでいる。
取り組みの背景
カンボジアへの水道事業支援が始まったのは1999年。当時、プノンペン都にはフランス資本で浄水場が導入されていたものの、施設の維持管理が十分に行われていなかった。そこで、日本政府からの要請を受け、北九州市は職員を専門家として派遣。施設の維持管理のために、全ての配管をブロック化し漏水箇所や時間を計測する配水管理システムを導入し、技術指導を行った。その結果、短期間で水道普及率が劇的に改善し、アジアでも数少ない「飲める水道水」を実現。この偉業は「プノンペンの奇跡」と呼ばれるようになった。
その後、2007年から2018年にかけて、カンボジアの地方都市であるシェムリアップを含む8都市で水道人材育成プロジェクトを実施。これにより、水質の大幅な改善や単年度黒字化などの成果を達成した。
さらに近年では、2018年から2023年にかけて、水道行政能力プロジェクトとして現地の水道行政所管省と協力し、水道法の整備や組織体制の強化、人材育成へのサポートを行っている。この取り組みは、カンボジアの水道行政の基盤を強固にし、持続可能な水道サービスの提供に大きく貢献している。
(表1)カンボジア・プノンペン都での水道普及率(プロジェクト前後)
|
水道普及率 |
給水時間 |
無収水(漏水+盗水)率 |
協力前(1993年) |
25% |
10時間 |
72% |
協力完了後(2006年) |
90% |
24時間 |
8%(市と同レベル) |
独自のろ過技術を活用した水質改善
北九州市の姉妹都市であるベトナム・ハイフォン市は、大型河川の下流部に位置し、急速な経済発展に伴う河川の水質悪化に直面している。この課題に対応するため、2010年から北九州市は市独自の高度浄水処理技術「上向流式生物接触ろ過(U-BCF)」(以下U-BCF)を導入するプロジェクトを実施している。
高度浄水処理「U-BCF」のしくみ(北九州市より提供)
このろ過施設は、河川が本来持つ微生物による自然浄化作用を効率的に行えるよう応用した技術を使用している。シンプルな設備構成で電力消費が少なく、環境負荷も低い点が特徴だ。ハイフォン市での導入成功を受け、今後はベトナム各地の浄水場(5都市)に導入を促進している。特にホーチミン市では、30万トン規模の当該施設の導入が検討されている。
しかし、その他の4都市では高度処理技術であるU-BCFの導入よりも、まずは漏水防止技術の指導や既存施設の更新を希望する声が多い。そのため、北九州市は漏水技術の指導に重点を置き、技術者の育成のための職員派遣を行っている。この派遣にかかる渡航費などはベトナム側が負担している。
国際協力のジレンマ
長期間にわたる国際協力を通じて各国とのネットワークが形成される一方で、新規性や先駆性が求められる補助メニューを活用しにくいという課題も浮上している。市として協力したい意向があっても、財政面の問題は避けられない。また、導入したい技術と相手国のニーズが必ずしも一致しないことも、事業進行の上での大きなハードルとなっている。
たとえば、U-BCFの導入を進めたい場合、現地では最先端技術よりも日常的な水道水の安定供給を優先するニーズが強く、事業調整の難しさを感じるそうだ。また、文化や認識の違いから、施設導入がスムーズに進まないことも少なくない。
さらに、日本の公務員に共通する約3年ごとの人事異動も、信頼関係構築の障害となっている。この短期間での異動は、継続的なプロジェクトで安定した関係を築くのを難しくしている。加えて、相手国の情勢に左右されることも多く、たとえばミャンマーでのプロジェクトはクーデターや新型コロナウイルスの影響を大きく受けた。
水道インフラと人材育成の挑戦
今後有望なのは、市内企業が扱うマッピングシステムである。このシステムは、どのような管がどこに敷設されているかを正確に把握でき、水道施設の維持管理で重要なツールとなっている。海外での活用も可能で、各都市への展開が期待できる。
また、北九州市は現在、下水道整備にも力を入れている。実は、プノンペンでさえも小規模の下水処理場が整備されたばかりで、各家庭ではタンクに溜まった汚水を不定期に回収している状況である。タンクから溢れた汚水は街中の水路に流れ込み、臭いや衛生状況の悪化を招いている。しかし、文化的違いから、上水(飲み水)への関心は高い一方で、下水の重要性への理解はまだ十分ではない。そのため、適切な下水処理が自らの生活改善に繋がるという啓発・教育を住民に対し行っていく必要がある。
北九州市が国際協力事業に取り組む理由の一つとして、技術職員の人材育成がある。市の水道施設は拡張事業が完了しており、多くの職員は大規模施設の整備に携わった経験が少ない。しかし、海外での新規建設現場に関与することで、技術職員のスキルアップが図られている。また、文化や異言語の環境でプロジェクトを進めることは、職員の成長に大きく寄与している。
国際協力事業は、先人たちの努力と情熱が詰まった実績である。全く相手にされなかった初期の時代から、約30年間にわたり根気よく協力を続け、職員を派遣し、交流を深め、東南アジアでのプレゼンスを高めてきた。民間企業が単独で売り込みをしても取り合ってもらえないことも多い中、市が間に入ることで話が通るケースもあり、多くの民間企業が協力を求めて訪れている。市は、今後も相手国の各都市が抱える課題に向き合いながら、一歩一歩着実に前進し、海外水ビジネスに取り組んでいく考えだ。
カンボジアでの活動の様子(北九州市より提供)
2) 「カーボンニュートラルセンター」を核とした市内企業の海外ビジネス展開について
【北九州市環境局環境国際戦略課 アジアカーボンニュートラルセンター】
アジア地域の低炭素化を通じて地域経済の活性化を図ることを目的に、平成22年6月に開設されたのが、「アジア低炭素化センター」だ。北九州市は同センターを中心に、地元企業の支援強化やビジネスにつながる国際協力事業などを推進することにより、環境国際ビジネスの拠点形成を目指している。
令和5年1月には脱炭素社会の実現に向けたカーボンニュートラルの取り組みを一層推進するため、「アジアカーボンニュートラルセンター」に改称し、北九州市(環境国際戦略課)、公益財団法人北九州国際技術協力協会(KITA)、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)が一カ所に集まり、相互に連携しながら共同実施の方式で運営している。
アジアカーボンニュートラルセンター組織図 (北九州市より提供)
これまでの実績
アジアカーボンニュートラルセンターは、アジア諸国に対して従来の政府レベルでの協力事業に加え、北九州市の公害克服のノウハウや市内企業の優れた技術を活用して、環境ビジネスへの参入支援を積極的に進めている。令和6年3月31日時点で、18カ国・地域、94都市でプロジェクトを実施し、主要な連携都市には、ベトナム・ハイフォン、カンボジア・プノンペン、フィリピン・ダバオ、インドネシア・スラバヤなどが含まれる。
また技術輸出の重点分野としては、リサイクル・廃棄物処理、エネルギーマネジメント、低環境負荷、そして水ビジネスの4分野を掲げており、多数の公的機関や民間企業と連携することで、環境分野におけるさまざまなニーズに対応できる体制を整えている。センター開設以来、約270件、総額330億円を超えるプロジェクトに取り組んでおり、これらのプロジェクトの多くは市内企業と連携して事業化を支援している。
市の海外事業展開の特徴と自治体が取り組むメリット
北九州市の取り組みは、「公害克服の経験」「長年培った信頼関係」「環境・エネルギー技術の専門知識」に特徴がある。姉妹都市と環境姉妹都市を中心に長年にわたり築いてきたこれらの特徴が、同市の海外事業の強みとなっている。環境分野における市の取り組みは国内外で高く評価されており、その結果、2011年にはOECDよりアジアで初のグリーン成長都市に選定され、また、2018年にはSDGsモデル都市に選ばれるなど、その実績は国際的に認められている。
自治体の国際協力事業では、単なる国際交流ではなく、地元企業の海外ビジネス展開や事業化を促進する役割が求められている。北九州市は環境分野でのノウハウや経験を活用し、市内企業の海外進出を後押ししている。しかし、海外ビジネスを展開するためには、信頼関係の構築や現地のニーズの的確な把握が重要である。現地のステークホルダーと協力しながら、ビジネスモデルの調整や調査を重ねる必要がある。
北九州市の国際協力事業の意義は、都市の国際化だけでなく、環境脅威への対応、行政職員の技術伝承、都市ブランドの確立、シビックプライドの醸成など、多岐にわたる。市は当該センターを核とした「環境国際ビジネスの拠点化」を目指し、将来的には、日本だけでなく世界中から環境分野の企業が集まる都市となることを見据えている。
北九州市の専門家による生ごみ堆肥化方法の指導の様子
(インドネシア・スラバヤ)(北九州市より提供)
海外ビジネス展開の難しさ
北九州市だけでなく、日本全体における環境問題の変遷は、「戦前の公害→典型7公害→公害国会→都市生活型公害→自然環境問題→地球環境問題」を100年近い長い年月をかけてさまざまな問題に直面しながら、都度解決してきた流れがある。一方で現在のアジア諸国では、約10年間の間にそれらの課題が一気に押し寄せている状況であり、解決すべき問題が多岐にわたり、レベル感も様々であることから、現地での事業展開は一筋縄ではいかないと感じている。例えば、廃棄物処理施設の導入案件で、そもそも処理施設までごみを運ぶ道路が未整備であったり、地域住民にごみの分別という概念がなかったり、それを裏付ける法律も整備されていない状況の場合、まずはインフラ整備、人材育成、法律の整備からという話になり、予想以上に時間と予算、労力がかかる。また、相手方との信頼関係を築く上で、自治体の人事異動は難しい問題である。
• フィリピン・ダバオ市廃棄物発電導入支援の事例
2018年に日本政府の無償資金協力(約50億円)が決定し、スタートしたフィリピン初となる廃棄物焼却発電施設をダバオ市に導入するプロジェクトで、北九州市は市内企業である「日鉄エンジニアリング株式会社」が実施主体となれるよう、支援している。現在フィリピン政府で建設の予算化に向けた事業承認手続きや法的整備を行っている状況である。また、日鉄エンジニアリングの受注に向けた支援としてJICA草の根事業を行っており、令和4年度からは草の根事業のフェーズ2として、廃棄物管理や分別、収集運搬への支援プログラムを実施し、施設導入後の効率的な運用に結びつけるために活動中である。
フィリピンでは一般的にごみを焼却処理することが環境に悪影響を及ぼすというイメージを持っており、焼却施設をつくることに一部の住民やNGO団体、政府関係者の抵抗感が根強く残っている。しかし、ダバオ市の廃棄物の最終処分場は既に適正な収容量を超えて高く積み上がるなど、逼迫している。増え続ける廃棄物の処理に対する解決策が必要である。現在、コロナの影響などもあり事業進展に遅れが生じているが、日本の施設をフィリピン政府やダバオ市関係者に見てもらうことなどにより、廃棄物問題解決に廃棄物焼却発電施設が必要不可欠な状況であることへの理解が進んでいる。
また、並行して実施しているJICA草の根事業では、設備導入後、より効率的に設備運営を行うために、地域での分別収集・収集運搬、サブコレクションポイントの設置などを行う事業を実施しているが、文化的な違いや地主の問題などもあり、なかなか一筋縄ではいかない。言ってみれば令和と昭和を同時にやっているようなもので、フィリピンに限った話ではなく、日本の常識=海外の非常識であることは多々あり、海外展開の難しさを感じる場面もある。現地の現状や習慣、考え方を取り入れ、一歩一歩進めている状況である。
住民にごみ回収拠点の使用方法を指導している様子 廃棄物管理用のマップを作成する様子
(フィリピン)(北九州市より提供) (フィリピン)(北九州市より提供)
• タイでの海洋プラスチック島内資源循環
タイのリゾート島であるサメット島で、市内企業の持つ技術「廃プラ油化設備」導入による、海洋プラスチックリサイクル循環システム構築プロジェクトを国連環境計画(UNEP)と北九州市が連携して行っている。国連環境計画(UNEP)が海洋プラスチックを問題視しており、国連環境計画(UNEP)と北九州市が関心表明書を交換した取り組みの一つで、2020年4月からAPEW(Alliance to End Plastic Waste)資金を活用し、実証実験を実施。2023年4月にAVAN(Asian Venture Philanthropy Network)資金に採択され事業を継続している。最終的には海洋プラスチックのリサイクルをサステナブルツーリズムと結び付けて、観光事業につなげたいと考えている。
現在、現地の自治体やNGO・観光事業者と連携し、月1回海岸清掃を行っており、回収したごみは島外で処理を行っている状況だが、これを島内で処理し、利活用したいと考えている。設備の特徴は、安価で規模も小さく、ごみを分別せずにごみの油化ができる点である。サステナブルツーリズムとごみからできた油を生かす方法を検討しており、海岸清掃への参加をアクティビティとしてツアーに組み込むことなどを考えている。また、できた油は海洋プラスチックから作られた油として付加価値をつけた価格で販売することも考えている。
サステナブルツーリズムに参加する人の多くは、環境に対する意識が高く、循環型社会を体験できるプログラムには関心が高い傾向にあるため、非常に魅力的なコンテンツになる。市は今後、関係者と検討していく予定だ。
サメット島で発生する混合ごみ(タイ) 油化装置による処理実証実験見学会(タイ)
(北九州市より提供) (北九州市より提供)
企業連携・都市連携の強化による新たな環境国際ビジネスの創出
北九州市は国と歩調を合わせ、市内の温室効果ガス(GHG)排出の実質ゼロを目指す「2050年ゼロカーボンシティ」を宣言した。その中間地点として、今後10年が極めて重要な機関と認識し、具体的な削減対策を積み上げ、2030年度までに2013年比で47%以上削減という達成目標を掲げており、その達成には国際協力事業も含まれる。一方で、市の取り組みに対しては費用対効果が求められており、国際協力にとどまらない市内企業の海外ビジネス展開支援や市内経済へのインパクトがより一層重要となっている。
こうした課題に対応するため、2024年度から北九州市は国内関連企業の市内への集積を促進し、海外からの投資を呼び込むことで、環境国際ビジネスの拠点となる「アジア・グリーン共創ハブ」を推進している。今後は、国内外のさまざまなステークホルダーとビジネス面での接点を増やす取り組みを強化していく方針だ。
その根底には、これまでの環境ビジネスのノウハウが世界や日本中から人を惹きつける魅力となるのではないかという考えがある。市は「環境ビジネスを進めるなら北九州」というブランドを確立し、民間や公的機関など環境分野の関係者が集積する拠点を目指している。
北九州市の成功事例や強みは他地域にも参考になると同時に、他地域との連携や交流も促進され、情報共有や技術交流が進むことで環境問題の解決や持続可能な開発がより広範囲で促進されることが期待される。
3) 「ネジチョコ」で地域活性化へ
【オーエーセンター株式会社 社長室 坂山 智哉さん】
鉄のまち北九州市を象徴するシンボリックなお土産といえば、ボルトとナットの形をしたチョコレート「ネジチョコ」だ。本物のようにねじが回せるのが人気の秘密で、SNSや動画投稿サイトでも話題となっている。平成27年官営八幡製鉄所の関連施設を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されたことを機に、鉄の街・ものづくりの街、世界遺産のある街を表現できるお土産として開発された。注目が集まる一方で、販売当初は量産体制が整っておらず、販売が追い付かない状態であったが、官民連携での生産工程の改良、自動化による生産量3倍増加を実現し、海外展開なども行っている。
開発者である「オーエーセンター株式会社」の坂山さんにお話を伺った。
「世界遺産のある街・北九州市」のお土産として製鉄所の鉄を
イメージした、ボルトとナット型のチョコレート「ネジチョコ」
(オーエーセンター株式会社より提供)
「ネジチョコ」誕生秘話
「ネジチョコ」の商品開発が始まったのは2015年10月。同年7月に北九州市内にある官営八幡製鉄所の関連施設が世界遺産に認定されて以来、街全体が盛り上がり、観光客も増えている状況だった。開発者であるオーエーセンターの吉武太志社長は、市の世界遺産担当者と話す中で、「売っているお土産品は博多のものばかりで、北九州オリジナルのものが本当に少ない。何か北九州らしいお土産ができないだろうか?」と考えたそうだ。
北九州市は昔から「鉄の町」「ものづくりの町」として日本の産業革命を支えてきた都市。そこでものづくりに関連するお土産を作りたいと思って周囲を見渡してみると、当時駅前の市関連施設に3Dプリンターがあったため、「3Dプリンターで型を作ってチョコレートを作ろう」と思い立ったという。
オーエーセンター株式会社は、元々ドコモショップや通信機器、FAXなどをメインに取り扱うNTTの代理店。当時、運営していたドコモショップが市内の商業施設に移転することになり、1階での出店を希望したが、施設側のコンセプトと合致せず、苦肉の策で、カフェを併設したドコモショップとして1階での出店が叶った。その後ドコモショップが商業施設から移転する際、カフェのみを独立させ誕生したのが「グランダジュール」というスイーツショップである。
ネジチョコは、この「グランダジュール」(=オーエーセンター飲食事業部(現フードサービス事業部))で、製造が始まった。最初に作った試作品は、八幡製鉄所でも生産していた電車や新幹線の線路となる「H鋼」。しかし棒状の形がインパクトに欠けていたことと、細長い形状がチョコとして食べにくかったこともあってお蔵入りとなった。次に出たアイデアが、ものづくりの基本ともいえる「ネジ」。調べたら八幡製鉄所で以前製造していたことがわかり、商品化が決定した。さらに「ネジが本当に回せたら、ものづくりの街の名物になるのでは?」と思い至り、「ネジを回せること」と「食べやすい一口サイズ」にこだわって試作を繰り返し、2016年2月に「ネジチョコ」が発売された。名前も最初は「Chocolate Bolt」であったが、試作品を各方面へ配布する中で、いつしか試食者から「ネジチョコ」と呼ばれるようになった。
SNSで話題沸騰!生産の壁を乗り越え、新たなステージへ
最初はご当地戦隊ヒーロー「キタキュウマン」のツイートが話題となり、SNSで拡散されて動画は100万回再生と大反響を呼んだ。「ボルトとナットがくっついたら離れない。でも、熱すぎると溶けてしまう」、「気を引き締めて」や「頭のネジを占める」という消費者目線でのストーリーがバレンタインや受験生への贈り物として評判となり、人気に拍車がかかった。私自身も出張や県外の友人へのお土産として良く持参するのだが、鉄の街・ものづくりの街を象徴するものありながら、実際にネジを回せる楽しさを受け手に提供でき、且つさまざまなメッセージ性を加えることのできるネジチョコは、最高のお土産だと思っている。
しかし人気の反面、生産が追い付かない問題が発生。発売当初は量産体制が整っておらず、菓子店のパティシエが生産を担当するため、生産能力は1日最大500個程度。しかし発売後すぐに売り切れて早速「買えないチョコ」として話題になってしまった。
そこで平成27年の市内のものづくり補助金に申請・採択されて、チョコを混ぜるテンパリングマシーンと、ピロー包装を自動化する包装機を導入。1日の生産能力を約6,000個まで引き上げることに成功した。しかしそれでも生産が注文に追いつかなかったことに加え、作業で手首を痛めてしまうパートさんが出てきたことから、2022年3月には新工場「ネジチョコラボラトリー」を建設、生産工程の自動化により旧工場の最大約3倍となる一日3万個の製造が可能となった。
独創的なコラボレーションと産学連携
TOTO株式会社とのトイレチョコレートや、市内の観光名所小倉城をモチーフにした「城チョコレート」、シャボン玉せっけんの「石鹸チョコ」など、味もよく精巧なつくりのチョコレートはネジに留まらず、各企業などからのコラボ商品の制作依頼も後を絶たない。地元の大学である「西日本工業大学」と連携して、3Dプリンターを使った新規コラボ商品の型の企画、試作などを行っており、産学連携した取り組みはまさに北九州市らしいと言える。
現在の販売箇所は、北九州市内の駅や空港、デパートなどであるが、バレンタイン時期には都内や関西にも出店している。昨年のバレンタインでは、新商品メカサブレが飛ぶように売れたそうだ。量産体制が整ったことにより、日本貿易振興機構(JETRO)九州のサポートを受け、今後、香港やアメリカへの海外展開も行う。特に香港は日本の食への関心が高いため、パッケージデザインなども日本のまま展開することとなった。
量産体制を整えたことにより今後は海外展開も
(オーエーセンター株式会社より提供)
坂山さんは、「北九州市発のお土産であることを忘れずに、日本を代表するお土産として世界に広めたい」と意気込みを語った。現在の工場についても手狭になってきたことから、廃校などを活用したより広い敷地への移転を検討しているそうだ。
子どもや一般市民も製造工程の見学やチョコレートの試作ができる開かれた工場や、敷地内を移動できる自社開発の電動キックボードの導入など、夢が広がる話が聞けた。
「ネジチョコの発想は、パティシエではない素人だからこそ生まれたもの。普通のパティシエなら、3Dプリンターを使ってお菓子を作ろうなんて考えません。その常識にとらわれない発想が、成功の秘訣です」と坂上さん。ボルトとナットのように「繋がる」会社をコンセプトにした、スイーツテック企業「ネジチョコラボラトリー」の今後の活躍への期待が高まっている。
オートメーション化されたネジチョコラボラトリー
(オーエーセンター株式会社より提供)
終わりに
今回の取材を通じて、北九州市が3つの分野で展開する海外ビジネスのチャネルについて詳細な話を聞くことができた。一見すると独立しているように見えるこれらの取り組みも、実は市の歴史的背景に根ざした「モノづくりの街」としてのアイデンティティや、多様なステークホルダーが連携する風土が共通基盤となっている。その基盤から枝葉を広げ、それぞれが独自の成果を結んでいる姿は非常に印象的であった。
北九州市の取り組みは、特別な物を売ることだけが海外ビジネス展開の成功の要因ではなく、自らの特性を深く理解し、それに基づいて戦略を立案することの重要性を示している。北九州市で、その特性とは「モノづくりの街」としての歴史とアイデンティティに他ならない。この特性を活かしながら、地域の企業、大学、行政など多様なステークホルダーを巻き込み、一体となって取り組む姿勢が鍵となっていると感じた。
市内の企業が持つ優れた技術やノウハウを海外市場に展開するためには、信頼関係の構築や現地のニーズを的確に把握することが必要であり、現地のステークホルダーと緊密に協力し、ビジネスモデルの調整や詳細な調査を重ねることが求められる。北九州市はこのような取り組みを地道に積み重ねることで、息の長い信頼と実績を築き上げてきた。この努力の積み重ねが新たなビジネスチャンスを生む源泉となり、このサイクルを繰り返すことで、持続可能な海外ビジネス展開を実現している。
また、同市の取り組みは、単なる経済的な貢献にとどまらず、環境脅威への対応や行政職員の技術伝承、都市ブランドの確立、シビックプライドの醸成など、多岐にわたる意義を持つ。これらの取り組みが総合的に作用することで、自治体が国際協力に取り組む意義ともなり得るだろう。このような海外ビジネス展開の好例は、他の自治体や企業にとっても非常に参考になるものだと感じた。
現シンガポール事務所 所長補佐 小林(元経済交流課 主査)