長野県千曲市(ちくまし)にある戸倉上山田温泉は、アメリカ人の「旦那」こと旅館オーナーのタイラー氏による誘客活動を行っている。街歩きマップや体験プログラム、さらには里山ツアー等、常に新しいことにチャレンジして、この地域の良さを外国人に発信し続けるタイラー氏の挑戦は終わらない。
ポイント:
・観光客に喜んでもらう努力が評価を高め、集客につながる
・体験プログラムの充実に伴って浮かび上がった課題に対し施策を打つ
・街歩きマップをバージョンアップして、さらに使い易く
■木造の温泉宿の魅力を継承したいとアメリカ人の旦那が活動する
長野県にある戸倉上山田温泉は千曲川沿いに発展した古い温泉街で、山々に囲まれ、自然と文化が満喫できる。その一角にある亀清旅館の旦那がアメリカ人のタイラー氏だ。奥さんの実家を継ぐために2005年に夫婦で住んでいたシアトルから移住した。
旅館を廃業し、跡地を駐車場にする予定だと聞き、木造の雰囲気ある建物を壊してしまうのはもったいないということで、タイラー氏は継ぐことを決意したそうだ。
タイラー氏が経営者の跡取りとしてまず始めた営業強化策が、自身の強みである英語圏への情報発信だ。まずは海外のインターネット予約システム(OTA)を積極的に活用し、「Booking.com」「Expedia」、「Agoda」等に掲載した。掲載以降は外国人の旅行者が少しずつ増えたそうだ。
当時からタイラー氏は、アメリカ人の自分が気に入ったのだから、この旅館は外国人に人気が出ると自信を持っていた。とかく地方に増えた量販店や飲食チェーン店が、この地域にはなく、昔ながらの浴衣姿の温泉客が下駄を鳴らしながら射的場等の街並みを歩く風景が魅力的に映ったからだ。
■新しい挑戦を続けることが、観光地の活性化につながる
とはいえ、まだまだ努力の余地があると思っていたタイラー氏は日本の観光地は昔ながらのサービスだけで、新しい試みが少ないと感じていた。
その状況を変えるべく、タイラー氏は泊まった外国人旅行者に地域にある個性的な飲食店へ案内をする同行サービスを行った。外国人客は連泊が多いので、例えば初日は宿の懐石料理を楽しんでもらい、次の晩は外の食事処へ連れ出すなど、地域の良さをしっかりと伝えたのだ。
取組の甲斐もあり、外国人旅行者が増えた一方、個別での対応が難しくなってきた。その対応策として店舗情報をリスト化したものが必要だと思っていた2008年、千曲市観光課から外国人向けに英語のパンフレットを作って欲しいという依頼があったため、作成に取りかかった。編集方針がタイラー氏に一任されたことから、元々ある日本語のパンフレットを翻訳するのではなく、外国人にとって魅力的に映る構成とすることができた。
とはいえ、このパンフレットは千曲市全域をカバーするものだったため、戸倉上山田温泉の情報は限られていた。そこで、タイラー氏は2010年に地元の戸倉上山田温泉に特化した街歩きマップを独自に作ることにした。制作費は参加店舗に5,000円ずつ出してもらうことで賄った。飲食店のほか、英語で対応ができるショップやクリニック、薬局、りんご農園等、外国人が求めている地域情報が数多く掲載されている。
OTAにあるレビューに外国人が高評価を付けるような取り組みを行ったこともあり、これらの取り組みで、さらに外国人観光客が増加した。
■東日本大震災によって足元を見つめ直し、体験プログラムの重要性に気づく!
その後、2011年の震災の影響で外国人旅行客が減ってしまったことから、客数の回復に向けた新しい取り組みとして、戸倉上山田温泉組合では経産省のクールジャパン事業の研修予算を活用し、C・W・ニコル氏やアメリカの旅行会社のIT担当者等を招聘した。
参加者は「体験」できる商品の重要性を、講師のアドバイスによって認識したそうだ。地域にお金が落ちるだけではなく、外国人にとっては、何をすればどうやって楽しめば良いのかイメージできるからだ。
アドバイスに基づき、タイラー氏は戸倉上山田温泉にいる昔ながらの芸者達の「芸だけを楽しむ」体験プランを企画した。実は欧米人は女性にお酌されることをほとんど求めていない。つまり、宴会は不要なのである。この企画はタイラー氏と関係者が交渉した結果、実現することになった。大広間で三味線の伴奏による歌と踊りを外国人向けに2曲披露した後、参加者を交え「炭鉱節」(英語バージョン)を一緒に踊り、最後には「金毘羅船船」の座敷遊びを行った。30分程度の内容だったが、結果的に大盛り上がりとなった。
他にも、海外では日本茶の人気が高まりつつあったため、お茶屋で美味しい日本茶の入れ方教室を開催するという企画がヒットしたそうだ。
2016年には長野県からの補助金も活用し、タイラー氏はさらにバージョンアップをした街歩きマップを作成した。カラーになり、掲載店舗数も増え、体験プログラムも加わった。
また、街歩きマップのポッドキャストも作成。スマホにダウンロードして地図の番号を押すと、そのエリアの紹介が英語音声で流れる仕組みとなっており、これらはいずれも研修で得たヒントが活かされている。
そして同年5月にタイラー氏は、ガイドツアーやサイクリングツアーを行う会社を新たに立ち上げた。このツアーの参加者はまだほとんどが宿のお客さんだけではあるが、より地域を楽しんでもらえる取り組みとなっている。
ツアーは周辺地域を巡る2時間半のコースで、最後に足湯に浸かりながらアイスクリームを食べる。途中で目にする田んぼの風景は欧米人には珍しく、畑仕事のおじいちゃんやおばあちゃんがいれば声をかけ、急遽手伝わせてもらったこともあったそうだ。
今後は集客力をさらに高めるため、動画の配信を検討しているという。戸倉上山田温泉のインバウンド委員をしながら、さらに長野県全域での連携にも協力する等、タイラー氏は常に地元の活性化にチャレンジし続けている。今後の展開も楽しみだ。
取材:やまとごころjp
(インバウンド業界のポータルサイト)
http://www.yamatogokoro.jp/