事例紹介

ニセコ町と倶知安町の事例に学ぶ:住民のための観光施策

 

 近年、メディアで頻繁に取り上げられるニセコ。オーバーツーリズムやインバウンド価格など、キャッチーなフレーズばかりが注目を集めていますが、自治体の取り組みや職員の想いにまで焦点が当てられることは少ないのではないでしょうか。本記事では、自治体職員へのインタビューを通じ、より良い町民の暮らしを目指して、さまざまな施策を展開してきたニセコ町と倶知安町(くっちゃんちょう)の事例を紹介します。

ニセコ町①:有島武郎の「相互扶助」が息づく住民自治のまちづくり

 白樺派作家として「カインの末裔」や「或る女」など数々の作品で知られる有島武郎は、北海道狩太村(現在のニセコ町)に農場を所有していました。1922年、有島は土地共有による無償解放を宣言し、小作人に土地を無償提供したことでも知られています。彼の遺訓には、「空気や水、土地のようなものは人類全体で共有して個人の利益のために私有されるべきでない。小作人が土地を共有して責任を持ち、『相互扶助』の精神で営農するよう」とあります。

 彼の精神が今なお息づき、住民自治の理念を実現するための努力が続けられているのが、現在のニセコ町です。2001年には、自治体の憲法ともいえる「ニセコ町まちづくり基本条例」を全国に先駆けて施行し、予算ヒアリングの公開やこどもまちづくり委員会への子どもの参加など、町民がまちづくりの主役(主体)として行動するための権利を保障しました。また、同条例に基づき、自然環境や生活環境、農村景観など貴重な地域資源を将来にわたって維持していくため、環境基本条例や景観条例などのさまざまなルールを定めています。

 

数字で見るニセコ ニセコ町統計資料 2023年5月版より抜粋)

ニセコ町②:キーワードは「町民にとっての観光」

 2001年の米国同時多発テロ事件以降、北米スキーリゾートの代替地として注目を集め、2019年には過去最高となる約175万2千人の観光客入込数を記録したニセコ町。コロナ禍の影響で、2020年には約94万人にまで減少しましたが、2023年には再び過去最高値の更新が見込まれています。

 

ニセコ町の観光客入込状況令和4年度(2022.4月~2023.3月)より抜粋 )

 

 観光客誘致に成功してきたニセコ町ですが、現在はどのような課題に直面しているのでしょうか。

 

「オンシーズンとオフシーズンの宿泊客数の差が大きな課題ですね」

 

 今回インタビューに応じてくれたニセコ町役場商工観光課商工観光係の川埜(カワノ)氏の説明によると、夏休みやスキーシーズンなどのオンシーズンには月平均約6万人が宿泊している一方、オフシーズンには約3万人にまで宿泊者数が減少してしまうとのこと。観光産業関連の事業者は、通年で従業員を雇用することが難しく、サービス向上に取り組む上での障害となっています。

 

数字で見るニセコ ニセコ町統計資料 2023年5月版より抜粋)

 

 また、2021年に実施された「ニセコ町における観光についてのアンケート」では、観光産業への就業意向で肯定的な意見が、自身の場合で約1.5割、自身の子どもへの推奨意向で約2割に留まるなど、観光産業への町民の就業意向は低い傾向にあります。

 

ニセコ町における観光に関するアンケート調査の結果についてより抜粋)

 

 このような課題を踏まえた上で、2022年3月に策定された「ニセコ町観光振興ビジョン」では、「町民や観光客から信頼される、持続可能な国際リゾート」を目指すべき将来像として定め、地域の目指すべき姿として次の3点を掲げています。

1 成熟した通年型の国際リゾート

・国内や海外から訪れた環境への意識が高い客層が満足できるサービスや商品(エシカルなサービスや商品)が提供されるなど、「信頼できる観光地」として他地域との差別化を図り、一年を通じて観光客が訪れる通年型の国際リゾートを目指す

・町内の観光産業の安定的な経済活動が、観光事業者の雇用環境の改善や地域貢献につながり、観光産業が若者から「魅力的な職場」として支持されるような地域を目指す

2 高品質・高付加価値のリゾート

・この地域ならではの自然・文化を活かした観光体験(ユニーク&オーセンティックな体験)が提供され、行きたいところ、たどり着きたい情報にストレスを感じずにアクセスできる地域を目指す

・人種や国籍、民族や宗教、ジェンダーや年齢、障害の有無等に関係なく、快適で安全・安心な旅行ができるようなユニバーサルな環境の提供など、多様な価値観に対応した高品質で高付加価値の地域を目指す

3 町民が誇れるリゾート

・観光客だけでなく、観光事業者や町民も地域への自然や文化の魅力や価値を理解し、敬意を払う(リスペクトする)ことで、自然環境や地域の生活文化、地域コミュニティに配慮した行動がされている地域を目指す

・町民が観光産業を支持し、観光の経済効果や心の豊かさを実感できる地域を目指す

 

ニセコ町役場公式ホームページより抜粋)

 

 町民が観光の恩恵を実感できる「町民にとっての観光」を目指す姿が印象的なニセコ町ですが、具体的にはどのような取り組みが進められているのでしょうか。

 

「人手不足解消の一助として、株式会社タイミーと包括連携協定を締結しています」

 

 川埜氏の説明によると、ニセコ町と俱知安町は、2023年10月に株式会社タイミーと包括連携協定を締結し、同社が提供するスキマバイトサービスを活用して、「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングさせているとのこと。これにより、町民が空き時間で気軽に働ける環境を整え、人手不足の解消を図っています。

 また、この取り組みは、町民の生活の質(QOL)向上にも繋がることが期待されています。ニセコエリアでのアルバイトの時給は東京を超えるともいわれており、1時間働くだけでもそれなりの金額を稼ぐことができます。町民がスキマ時間で得た収入をちょっと贅沢なランチや普段のお買い物に利用することで、地域経済の活性化とともに、個々の生活が豊かになることも期待されています。

 このほかにも、交通不足の解消に向け、タイムズ社と連携したカーシェアリングの実証実験も展開されています。実際にカーシェアを利用した方からは、「駅のすぐそばにあり、大変利用しやすかった」「カーシェアがあるから移動に公共交通を使えた」などの感想が寄せられており、今後は、観光客の移動手段だけではなく、住民の生活の足としても活用されることが期待されます。

俱知安町①:官民協同でのまちづくり

 続いて、俱知安町の課題と自治体の取り組みについて、観光商工課観光推進係の沼田氏に話を伺いました。

 

「ここ15年間、ラストワンマイルの足不足が課題です」

 

 沼田氏によれば、海外からの観光客が増加した約15年前から、空港までの移動や観光での移動需要が高まり、特にエリア内での移動手段が不足する事態が発生、高齢者が病院に行きたくても移動手段がないなどの課題が生じたそうです。

 そこで、俱知安町とニセコ町では、交通不足の解消に向けた「ニセコモデル」を始動しました。2021-22シーズンからは、20~30分間隔で走る無料循環バスが運行を開始したほか、2023-24シーズンからは、ハイヤー協会やGO株式会社と連携し、普段は札幌や東京で運行する8社から11台のタクシー車両の支援を受けることで、交通の利便性向上を目指しています。特に、タクシーアプリ『GO』と連携した実証実験では、開始からわずか1か月間で乗車数が6千件を超えています。

 

(GO株式会社より提供)

 

 交通課題に対して、さまざまな施策を展開している俱知安町とニセコ町の両町ですが、まだまだ課題は尽きないと沼田氏は話します。

 

「渋滞の影響で2.5キロの移動に40分かかる日もあります」

 

 沼田氏によると、ひらふ地区を通る北海道道では、朝夕を中心に、スキー場から市街地方面へ約2キロにわたる渋滞が発生し、移動に40分かかる日も珍しくないとのこと。一見すると観光客による影響と思われがちですが、実はリゾートエリアで働く従業員の通勤による影響が大きいとされています。住宅やアパートなどの居住用施設の数がリゾートエリア内では限られており、リゾートエリアで働く従業員の多くは俱知安町の市街地に居住しています。このほかにも、事業者が市街地のアパートを借り上げて、従業員のための居住スペースを提供するケースも多く見受けられ、市街地からの通勤が避けられない状況にあるとのことです。

 従前より倶知安町では、倶知安観光協会が市街地への経済波及を目的に、冬季限定で連絡バスの「くっちゃんナイト号」を運行していますが、2024-25 シーズンからは、ニセコひらふ地区と市街地を結ぶこのナイトバスが無料化されるとのことで、観光客の受入環境の向上とともに、従業員の退勤手段の確保や住民の足としても利用されることが期待されています。

 一方で、2030年度以降には、「東京―新函館」間で運行している北海道新幹線の延伸が予定されており、観光客のアクセス方法や従業員の居住地にも大きな変化が見込まれています。2030年度以降を見据え、自治体ではどのような取り組みが進められているのでしょうか。

 

 「2019年に『倶知安町 観光地マスタープラン』を策定しています」

 

  このマスタープランでは、2020年から2031年までを計画期間として定め、行政とDMO(観光地域づくり法人)などの観光関係団体や観光関連事業者が協働して、今後の倶知安町の観光地として目指すべき姿が示されています。また、「国際競争力を持つリゾートの要件」として整理されている5つの要件に照らし、必要な方策が示されています。

 

倶知安町観光地マスタープラン概要版より抜粋)

 

 このうち、要件5「住民QOLを高める環境」では、町民はもちろん、リゾートの従業員だけでなく、地元へのUターン者にも魅力的な住環境の提供に向けた取り組みが記載されています。具体的には、町有遊休地や町有施設跡地を民間事業者に貸与し、民間企業による集合住宅を建設・管理・運営するといったPPP/PFI事業スキームの導入を検討しており、今後の居住スペースの改善が期待されます。また、コロナ禍を経た2024年度には、マスタープランの改訂が予定されているとのことで、官民での更なる協働により、より良いまちづくりが期待されます。

俱知安町②:「スキーの町」宣言の取り組み

 俱知安町では1972年に「スキーの町」を宣言しました。この宣言では、ウィンタースポーツが町の文化であり、雪とともに心身を育んできたことや、スキーの町としての誇りを持ち、町民だけでなく、この地を訪れる全ての人々の豊かな未来に向け、世代を超えて歩み続ける決意が述べられています。

俱知安町公式ホームページより抜粋)

 

 2022年には、宣言から50周年を記念し、周年事業が実施されました。周年事業では、俱知安町にゆかりのあるアスリートを招き、主に子どもたちを対象に特別講演を実施したほか、町内でスキー場を経営する東急不動産株式会社と日本ハーモニー・リゾート株式会社の2社と包括連携協定を締結しました。この協定では、双方が知的・人的資源を有効活用し、オールシーズン型リゾートの形成を目指して連携していくことで合意しています。

 この協定を結ぶことにより、どのような成果が得られたのでしょうか。

 

「町内の小中学生に無料のシーズン券を配布いただいており、大変感謝しています」

 

 沼田氏によると、海外のスキーリゾートと比べればリーズナブルといわれるニセコエリアのリフト券ですが、その価格は年々上昇しており、地域の方が地元のスキー場で滑りにくくなっている状況とのこと。今回の協定を契機に、事業者の協力のもと、小中学生を対象に無料のシーズン券が配布されているほか、大人に向けても町民価格が設定され、より多くの地元住民がリゾートを利用できるようになりました。

 この取り組みを通じ、町民にリゾートを楽しんでもらうだけでなく、海外から多くの観光客が集まっていることを子どもの頃から知ってもらう機会を提供することに繋がっています。ニセコ町同様、俱知安町においても町民のQOL向上に向けた取り組みが進められていました。

おわりに

 本記事では、世界的に有名なスノーリゾートとして知られるニセコ町と俱知安町の自治体職員へのインタビューを通じて、各自治体の取り組みや職員の想いを紹介しました。今回の取材を通じ、いずれの自治体においても、より良い住民の暮らしを目指し、住民のための観光施策を展開していることが分かりました。

 コロナ禍を経て、全国の自治体においても、インバウンド拡大や海外販路開拓など、さまざまな取り組みが進められていますが、その根底には「住民のための施策を形づくる」という想いが重要なのではないでしょうか。今回紹介したニセコ町と俱知安町の事例が、全国の各自治体が今後の施策を検討する上で示唆に富んでいることを期待して、本記事の結びとします。

 

現シドニー事務所 所長補佐 西村(元経済交流課 主査)

Categories:事例紹介 | インバウンド | 北海道・東北 | トピックス | 全エリア

Copyright © CLAIR All rights reserved.