I&CO APAC代表
高宮 範有
1 琉球泡盛プロジェクトにおける挑戦
沖縄発の地域産品である琉球泡盛は、日本最古の蒸留酒として長い歴史と文化に支えられています。ユネスコ無形文化遺産にも登録され、国内では高い認知度を誇る一方、海外における知名度や理解はほとんどありませんでした。この課題に対し沖縄県と外部パートナーとして新規事業開発とそのブランディングを手掛けるI&COは、2023年11月に、アジア展開を見据えた泡盛のブランディング・販路開拓プロジェクトを始動しました。商品・ブランド設計、流通チャネルの確保、さらには現地との接点構築までを一貫して支援した本プロジェクトは、他の地域産品にとっても再現可能なモデルとなり得ます。
さらにこのプロジェクトの先にある別の目的として、単なる泡盛の販路開拓ではなく「泡盛をきっかけに沖縄への興味を喚起し、観光や認知度の向上につなげること」を最終目標としました。地域文化を色濃く反映するプロダクトを切り口に、アジアでの沖縄の存在感を高めていくことを目指す、いわばブランディングと地域振興が一体となった官民連携プロジェクトです。
泡盛プロジェクトの出発点となったのが「泡盛をウイスキーやラムと同じ土俵で語れる蒸留酒として再定義する」という方針でした。プロジェクト開始前、沖縄県シンガポール事務所とI&COがカジュアルな意見交換をする中で、県が従来から抱えていた「泡盛の説明が伝わらない」「アジアでのポジションが見えていない」といった課題が共有され、沖縄県とI&COは、「日本の伝統酒」として泡盛を説明しても伝わらない現状に対して、「熟成年数によって価値が高まるプレミアムな蒸留酒」というグローバルでも共有できる定義に転換することで、消費者の理解を深めることを目指しました。
言語の通じない海外においては、この新たな定義を「商品自体が語れるようにする」ことが重要であると考え、商品デザインを刷新しました。具体的には、熟成年数をラベル中央に大きく配置し、12年物には銀の和紙、24年物には金の和紙を使用し、ボトルはウイスキーを彷彿とさせる重厚なフォルムを採用し、ラベル表記には英語と日本語を併記。こうして、販売員のいない海外の売場でも、商品の見た目から「日本で造られた度数の高いハードリカー」であることを示すデザインが実現しました。

泡盛の魅力を伝えるために「グローバルに届く」ことを意識してデザインされた「残波」と「海乃邦 」
販売チャネルも重要なポイントです。本プロジェクトではスーパーや酒屋などの量販店ではなく、バーやレストランといった「飲む体験をともなう場」での提供に注力。泡盛が「飲む体験」とセットで記憶されるブランドとして浸透しつつあります。
このプロジェクトの第一弾として実際に販売したのは、比嘉酒造の「残波」と、沖縄県酒造協同組合の「海乃邦」です。これら酒造所との連携においては、沖縄県が丁寧に意図を説明し、粘り強く信頼関係を築くところからスタートして、ボトルデザインの刷新や価格設計を含む取り組みへの理解を得ていきました。さらに、県のシンガポール事務所が現地導入先の紹介やメディア向けイベントの開催を担うなど、自治体として多層的な支援体制が整えられていたことも、短期間で成果を上げられた大きな要因となりました。
このプロジェクトの実践から得られた知見は、泡盛という個別の商品にとどまらず、他地域の農産品や工芸品などにも応用可能な普遍的フレームとして捉えることができます。以下では、自治体が地域産品の海外展開を支援するにあたって意識すべき3つの視点を整理して紹介します。
2 地域産品の海外展開に必要な3つの支援視点
① 商品の価値を現地視点で再定義する
地域産品を海外に届けるうえで最初に直面するのは、「この商品は何か」という問いへの説明の仕方です。国内では確立されたポジションを持つ商品でも、海外ではそのままの分類や価値軸で伝わらないことが少なくありません。泡盛もその例に漏れず、「日本の伝統酒」と説明するだけでは、日本酒や焼酎の影に隠れてしまう難しさがありました。
そこで採られたのが、前述した「熟成年数によって価値が高まる、プレミアムな蒸留酒」としての再定義です。これは、現地の消費者が日常的に接しているウイスキーやラムと同じ土俵で理解できる語り口であり、泡盛の特性を損なわずに、より伝わりやすい形で説明できます。
この価値軸に合わせて刷新した商品デザインは、年数によって異なるラベル、重厚感のあるボトル、日本製であることを示す英日併記のラベルなど、すべての要素が「言語がわからなくてもその価値が伝わる」構造を担っています。こうした再定義と見せ方の再設計は、民間の外部パートナーの専門性があったからこそ実現したものだといえます。
② 商品との出会い方=体験設計に踏み込む
海外において、単に商品を並べるだけではブランドは定着しません。重要なのは、商品との出会い方=体験です。泡盛のプロジェクトでは、小売チャネルよりも「体験を通じてブランドと出会う場」として、バーやレストランでの展開を重視する戦略を取りました。
その結果、実際にシンガポールで導入されたのは、ミシュラン星付きの店舗や、アジアを代表するバーなど、約30の飲食店です。こうした場での提供は、泡盛を単なる物ではなく、記憶に残る体験の一部として印象づける効果を持ちます。現地での試飲イベントやメディア向けのテイスティングなども効果的です。
自治体がこうした接点の設計に関与することで、現地事務所などを通じた土地勘にもとづく接点構築や、県が酒造所と連携してブランドの一貫性を保つ働きかけにより、販路支援だけでは得られないブランド浸透の質的向上が実現します。
③ 自治体が信頼構築のハブとなる
海外展開においては、事業者、外部パートナー、そして現地関係者とのあいだに、多くの前提の違いが存在します。その違いを埋め、相互理解を促進するには、両者の立場や価値観を橋渡しできる第三者の存在が不可欠です。自治体がその役割を担うケースもありますが、民間の力をうまく借りながら、適切に連携体制を構築することが重要です。
泡盛のプロジェクトでは、外部パートナーと共同で策定した「泡盛の再定義」という方針を受けて、沖縄県が域内の酒造所一社一社に丁寧に説明を行い、プロジェクトの意図や方向性について理解と協力を得るところからスタートしました。商品の再設計や価格設定といった、従来の支援よりも一歩踏み込んだ取り組みを進めるには、自治体の主導による事業者との信頼関係の構築が不可欠でした。その上で、方針を具体的なデザインや商品仕様へと落とし込む過程では、再び外部パートナーの専門性を活かして形にしていきました。
自治体がすべてを担おうとするのではなく、各ステークホルダー専門性を引き出し、現地との接点を持ち、信頼関係を構築するハブとして機能することが、海外展開における一つの理想的な形だと言えるでしょう。
3 おわりに:地域産品を世界とつなぐ媒介者として
琉球泡盛のアジア展開は、単なる商品の輸出ではなく、その背後にある文化や価値観を海外の生活者に伝わる説明やデザインに変えて届けることによって実現されました。このプロセスにおいて、自治体は単なる資金提供者や事務局としてではなく、媒介者であり、信頼構築のハブであり、現地展開の推進者としての役割を果たしました。
同様の構造は、他の地域産品にも当てはまります。農産品、工芸品、観光資源 ─ いずれも、国内では評価されていても、海外では「文脈が共有されていない」ために伝わらないという課題を抱えていることが少なくありません。
地域の魅力をグローバルに届けるとは、単に外に出すことではなく、「その価値が他者に届くように形を変えて伝える」こと。そのためには、再定義・再設計・再接続というプロセスが不可欠であり、その実行を支える存在として、自治体は決して代替の効かないプレイヤーです。
泡盛の事例を、自地域の海外展開戦略の参考に、ぜひ活用いただければ幸いです。
I&CO APAC代表 高宮 範有
Delphys Inc.、PARTYを経て、2019年7月にI&CO Tokyoを立ち上げ、2024年より現職。新規事業開発とそのブランディング、体験設計を得意とする。これまでに「UNIQLO IQ」「StyleHint」のコンセプト開発・UXデザインをはじめ、「Mercari Inc. 上場時のコーポレートブランディング」「P&G PANTENE #この髪どうしてダメですか」「泡盛のグローバルブランディング」などを手掛ける。あわせて、スタートアップの事業拡大を数多く担当し、広報戦略立案にも携わる。
クリエイティブ集団 PARTY社の社外パートナー、マレーシア拠点にヘルスケアツーリズムを展開するTrambellir社のChief Design Officerを兼任。