事例紹介

アートを軸にムーブメントを巻き起こし、インバウンドを惹きつける 福島県西会津町の事例

 

 福島県と新潟県、山形県にまたがる飯豊(いいで)連峰の麓に位置する福島県西会津町は、面積の86%を森林が占めるという雄大な自然を誇る一方で、深刻な人口減少の課題を抱えています。こうした課題を克服するために同町では交流人口の拡大を目的とした取り組みが続けられており、中でも廃校となった木造校舎を改装して作られた「西会津国際芸術村」の活動は国内外で注目を集めています。今回はこの国際芸術村と、同町の限界集落に昨年オープンしたばかりの古民家宿にスポットを当て、西会津町のインバウンド誘致事例をご紹介します。

 

 

アートをきっかけに、国内外から人を惹きつける西会津町

 東北のアルプスと呼ばれる飯豊連峰の絶景をはじめ、美しい日本の原風景を望むことのできる西会津町は、縄文土器が発掘された歴史深い土地でもあります。日本の他の農村地域と同じく、西会津町では高齢化と過疎化が進んでいますが、この町では地域の若者や、町外ひいては海外からの移住者による地域おこし活動が盛んに行われ、町に活気を与えてくれています。その一翼を担っているのが「西会津町地域おこし協力隊」。彼らは主に、廃校となった木造校舎を改装して2004年に設立された「西会津国際芸術村」という文化交流施設を拠点に活動しています。

 

かつての中学校の校舎を活用した「西会津国際芸術村」

 芸術村には毎年数名のアーティストが滞在し、これまでに、ポルトガル、ドイツ、ブルガリア、リトアニア、日本など、国内外130名ものアーティストが作品を制作・展示してきました。そのほか、施設内にはカフェが併設されており、町内外の人々が気軽に立ち寄ることのできる場所となっています。

 

木造の校舎がギャラリースペースとなっている

 

外国人とお年寄りが活発に交流する多様な社会を実現

 現在、西会津国際芸術村のディレクターを務める矢部佳宏さんは西会津町の出身で、東京やカナダ、上海でランドスケープデザイナーとしてのキャリアを積み、2012年に家族と共にお祖父さんが住んでいた西会津へとUターンしてきた人物です。当初は町の臨時職員として芸術村の運営に携わり、イベントの企画や国内外へのPR活動など、様々なプロジェクトを仕掛けながら芸術村の活性化を図りました。その活動の中でも有名なのが除雪をエクササイズとして楽しむ「ジョセササイズ」の取り組みです。コミカルなイラストや動画で表現した「ジョセササイズ」はテレビの全国放送でも取り上げられ、西会津の地名度向上に貢献しました。

 


ジョセササイズを楽しむタイからの観光客

 

 こうした矢部さんらの努力の甲斐あって、昨年は年間4,000人もの人が芸術村を訪れたといいます。滞在アーティストと共に、柔軟な発想から生まれるアイデアをもとに、次々と新たなムーブメントを巻き起こしている矢部さんは、「ここではまだ数は少ないですが外国人も普通に生活していて、お年寄りと活発に交流しています。これがもっと浸透していけば本当に面白いことになるでしょうね。西会津で多様な社会を作っていくのが私の目標です」と語ります。実際に、ニューヨークから来たクリエイティブユニットは、芸術村での制作活動を終えた後にこの地に定住し、コミュニティスペースを立ち上げて地元の人との交流を図っています。

 

西会津国際芸術村ディレクター、矢部佳宏さん

 

築130年の古民家を改築し、新たなコンセプトの宿をオープン

 もともと起業を目指してUターンしてきた矢部さんは、西会津国際芸術村での活動を通じて、地域で信頼を得る存在となりました。そんな矢部さんが起業に乗り出したきっかけは、古民家再生プロジェクト「NIPPONIA」を運営する一般社団法人ノオトの創設者を西会津に招き、講演をしてもらったことです。ノオトは兵庫県篠山(ささやま)市を拠点に、篠山城の城下町全体をひとつのホテルに見立てた宿泊施設を運営しつつ、全国で古民家再生のノウハウ共有を行いながらネットワークを広げている組織です。彼らのムーブメントに刺激を受けた矢部さんは2017年に一般社団法人BOOTを立ち上げ、「楢山(ならやま)プラネタリー・ヴィレッジ・プロジェクト」を発足。プロジェクトの第一歩として、自身が19代目となる一家で代々受け継がれてきた築130年の古民家を改築し、昨年9月に「暮らすように泊まれる」宿、「NIPONIA楢山集落」をオープンしました。

 

 

たった2軒しかない限界集落に、インバウンドが多数訪れる

 宿のある場所は、雲海を見下ろすような山の上にある限界集落です。地元の人からも“秘境”といわれる楢山集落にはたった2軒しか家がなく、「10年後には消滅してしまうのではないか」とも囁かれていました。矢部さんは、ランドスケープデザイナーである自身のキャリアを生かし、「先祖から受け継いだ集落の風景を新たにデザインし、未来に継承したい」「新しい人の流れを生むことで、消滅の危機を脱することができるのではないか」という考えのもと、プロジェクトを立ち上げたといいます。かつての伝統的な集落が、持続可能なデザインになっていることに気づいた矢部さんは“集落がひとつの惑星のようだ”と感じ、「プラネタリー・ヴィレッジ(惑星のような集落)」というプロジェクト名をつけています。

 

プラネタリー・ヴィレッジの建物は、築120年以上の蔵と納屋

 

 集落内にある古い蔵と納屋を宿泊棟に改築する際に参考にしたのは、篠山市にある「NIPPONIA」のフラッグシップホテルです。西会津の大工さんを篠山市まで連れて行き、実物を見てもらうことで、どの程度まで手を加え、どの程度まで古さを残すことで雰囲気の良い古民家宿ができるのかという加減を勉強してもらったそうです。こうしてできた古民家宿は、1棟貸しで1泊45,000円という価格設定にもかかわらず、すでに国内外から130人もの宿泊客が訪れています。ちなみに宿では地元の女性たちが作る食事が提供されているそうで、彼女たちの自信と地域活性化へつながっています。

 

ストーリー性にこだわりながら、快適に過ごせるようにリノベーションされている。

 今では、西会津という小さな町で起きている数々のムーブメントが外国人を惹きつけていますが、最初から地元の人がこうした変化に寛容だったわけではありません。矢部さんが「NIPPONIA」との連携を図ったり、地域の起業家支援を行う「ネクスト・コモンズ・ラボ」のネットワークに加盟したりしながら、全国的な知見を取り入れることで地域を動かし、さらには全く異なる価値観を持った海外のアーティストを迎え入れることが、これまでと違った価値観に接することとなり地域の人々を刺激し、徐々に多様性を受け入れる土壌ができはじめているといいます。今後は、海外とのアーティスト交換や、宿にインバウンドを誘致するためのプランの作成、集落生活コンテンツの開拓などを行い、より多くの人に日本の集落の暮らしを体験してもらいたいと語る矢部さん。飛び抜けた観光資源のない小さな町でもインバウンドを惹きつけることができるということを証明した西会津町の動きに、今後も注目です。

 

                                       (やまとごころ編集部

 

 

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