事例紹介

地方自治体のインバウンド戦略に革新をもたらす「Colive Fukuoka」──デジタルノマドが拓く新たな可能性

取材先:福岡市経済観光文化局観光コンベンション部観光産業課

株式会社遊行

 

はじめに

 世界中を旅しながらリモートワークで生計を立てる人々がいる。インターネットを活用し、場所に縛られず働くそのような人々は、遊牧民(ノマド)になぞらえデジタルノマドと呼ばれる。

 働く場所を「自ら選ぶ」ことができる国際的なデジタルノマド。その数は世界に4,000万人以上※1おり、2022年時点でその市場規模は世界で7,870億ドル(約118兆円)※2と推計されている。 

 日本では法務省が、2024年4月1日から「日本版デジタルノマドビザ」の発給を開始。年収1,000万円以上などの条件に合えば、従来の観光ビザの倍の180日間、日本に滞在できる。

 福岡市はデジタルノマドビザの発給が発表される以前に、全国の自治体に先駆けてデジタルノマドを受け入れてきた。2023年には日本最大のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka(コリブフクオカ)」を初開催し、計24の国と地域から約50名が訪れた。翌2024年には45の国と地域から436名が参加し、推定1.1億円以上の経済波及効果を生み出した。

 たった一年で参加者数が約9倍に増加した「Colive Fukuoka」。2025年、さらなる発展を遂げる姿に、自治体が新たなインバウンド戦略に活かせるポイントを探る。

 

※1参照:demandsage, 49 Digital Nomads Statistics 2025 – Salary Data & Facts

※2参照:A BROTHER ABROAD, 63 Surprising Digital Nomad Statistics    

 

 

Colive  Fukuoka  Summitの集合写真

 

デジタルノマド誘致事業「Colive Fukuoka 2025」

 「Colive Fukuoka」は、福岡市と株式会社 遊行(以下、遊行社)が共催する、海外デジタルノマドの誘致を目的とした1か月間のプログラム。2023年に初開催され、2024年には45の国と地域から400人以上が参加するアジア最大級のデジタルノマド向けプログラムへと成長した。2025年も福岡市内を中心に九州各地で展開され、カンファレンス、文化体験、スタートアップ交流、地域ツアーなど多彩なプログラムが用意された。住吉神社能楽殿で開催されたメインカンファレンスの「Colive Fukuoka Summit」(2025年10月2日、3日)では、世界のデジタルノマド市場を牽引するリーダーたちが登壇し、コミュニティ形成や自治体との連携、ライフスタイルについて議論が交わされた。

 中でも、福岡県うきは市を拠点とするうきはの宝株式会社の登壇では、75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社として、地域や社会とつながることで得られる「Ikigai(生きがい)」についてプレゼンを行った。

 「自分で旅先を決め、自分の生き方を決める海外デジタルノマドにとって『Ikigai』という言葉が注目を集めている。日本人のいない場で広がるこの言葉について、75歳の社会起業家が実際に生きがいをどのように見出しているのか、大きな関心が集まっていた。

 また、ブルガリアの地方都市バンスコーで世界最大規模のデジタルノマドフェスを運営するホルガ―・メッテ(Holger Mette)氏の講演は、デジタルノマドという生き方や、地域にもたらす経済的なメリットについて示唆に富むものであった。

 

Colive  Fukuoka  Summitで講演するホルガ―・メッテ(Holger Mette)氏

 

デジタルノマドに注目したきっかけ

 遊行社代表取締役CEOの大瀬良亮氏は、大手広告代理店に勤務し、政府にも出向した経験もある。国の要人に同行して海外を訪れる中で、場所に縛られない働き方の可能性に気づき、「自分がこうして海外を飛び回って仕事ができるのであれば、離島の海の前で仕事をする人も出てくるだろう」という、デジタルノマドの働き方そのものを感じ取っていた。それが2016年のことだった。その後、大瀬良氏はスタートアップとしてそのような人たちを対象とした旅のサブスクサービスを開始。2022年9月には日本初のデジタルノマド市場に特化したマーケティング会社である遊行社を設立し、「Be where you are meant to be (いるべき場所に、いられる世界へ)」をビジョンにデジタルノマド市場に特化したマーケティングや商品開発を支援してきた。

 福岡市では、新型コロナウイルス感染症拡大のさなか、将来を見据え国内のリモートワーカー向けにワーケーションの取り組みを2021年から推進していた。ワーケーションとは「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語で、働きながら休暇を楽しむ新しい働き方のことだ。その後、2023年から事業を国内から海外に向けるにあたり、その手段を模索していた。

 そんな両者の方向性が交差したのは、大瀬良氏が知人を通じて福岡市の担当者と繋がり、コロナ後もワーケーションの取り組みを継続・発展させる提案をしたことがきっかけだった。福岡市が持つ行政ネットワークと、遊行社が培ってきたデジタルノマドに特化したマーケティングのノウハウが融合することで、「Colive Fukuoka」の構想が具現化された。

 

行政との協働

 大瀬良氏は、「Colive Fukuoka」の開催に向けては主に3つのフェーズにわかれていると語る。デジタルノマドを全く知らない層への「啓発」、イベントで何をするのかという「コンテンツ」、そして、どうやって人を呼ぶのかという「集客」だ。このフェーズを行政と共に進めるにあたり、当初は「壁にぶつかるだろう」と予測していたという。しかし実際に共に活動してみると、福岡市は非常に協力的で、「壁にぶつかるだろうと思ったものが全然壁じゃなかった」と評価している。

 例えば今回の会場について、日本の伝統的な「和」を感じられる場所として、神社を提案したところ、福岡市は文化財活用課を通じて住吉神社に打診。1,800年以上の歴史を誇る神社での開催が可能となった。「こういったことは一民間企業ではできなかった」と大瀬良氏は語る。

 

 

住吉神社(写真左) 会場となった能楽殿(写真右)

                                    

柔軟な行政連携と地域交流の設計

 しかし、「Colive Fukuoka」の運営を通じて見えてきた課題もある。その一つが、デジタルノマドの中期滞在に適した宿泊施設の不足である。ホテルは短期滞在向けで高額になりがちであり、通常の賃貸は長期契約が基本のため、1〜3か月程度の滞在に適した選択肢が少ない。こうした課題に対し、大瀬良氏は不動産業者と交渉し、特別料金を設定するなどの対応を進めた。

 また、世界最大のデジタルノマドの集まる場所であるブルガリア・バンスコーには、地域住民との交流が少ないという課題がある。「Colive Fukuoka」もその課題を参考に、地域との接点を重視した設計に取り組んだ。

 地域との交流については、地元住民がイベントに参加できる仕組みを設け、デジタルノマドと地域をつなげることを重視している。「Colive Fukuoka 2025」では、メインカンファレンス以外にも多くのサイドイベントが用意されており、期間中には学生主催のイベント、アート体験やコミュニティ主催の食事会など、参加者と地域が触れ合える環境を整えた。これにより、単なる観光ではなく、地域との関係性を築く「関係人口」の創出を可能とした。

 さらに、福岡市のグローバルスタートアップ推進課が推進するスタートアップイニシアティブ「RAMEN TECH」の開催に「Colive Fukuoka」をマッチングさせることで、デジタルノマドと福岡のスタートアップが出会う機会を提供し、福岡でのビジネスチャンス拡大を後押ししている。

 

RAMEN TECKで事業ピッチをするColive  Fukuoka  参加者

 

外国人参加者の受け止め

 今年、「Colive Fukuoka」に初めて参加したというスイス人男性は、1年前にタイで参加したデジタルノマドの集まりでこのイベントを知り、そこで大瀬良氏がプレゼンをしていたことがきっかけで参加を決めた。今回が初めての日本訪問で、福岡については、スイスの都市と比べると大きな都市だと感じており、港や鉄道アクセスの良さなどを評価した。日本文化で外国人に人気があると思う要素について、人々の親切さ、寿司や海鮮の美味しさ、アニメなどのコンテンツ文化を挙げたが、メインカンファレンスでおばあちゃんたちが発表していたように、「Ikigai」のような生活哲学もまた魅力的だと語った。

 観光地としての魅力だけでなく、人々の生活や考え方が外国人を惹きつけるという事実は今後のインバウンド戦略に一石を投じるものではないだろうか。

 

デジタルノマドとおばあちゃん 

「Ikigai」という人生哲学はデジタルノマドにとって魅力である

 

今後の展望:グローバル関係人口と経済圏の構築

 「Colive Fukuoka 2025」の参加者統計を見ると、最も多い職業として挙げられているのが「アントレプレナー(起業家)」であり、次いで「会社員」、「フリーランス」の順となる。一般的にデジタルノマドの職業といえば、Webライターやデザイナー、Webクリエイターなどのフリーランスが想像されがちだが、会社員の参加者が多いという結果は注目に値する。

 会社員としてリモートワークをしながら世界中を周っているデジタルノマドは20代よりも30〜40代が多いのだそう。会社員として働きながら自分の人生を見つめ直し、本当に自分がいるべき場所を見つけるためにデジタルノマドになる。そのために必要なのは、観光のための1〜2泊の滞在ではなく、1〜数か月間の中長期的な滞在だ。

 今後の展望として、先述の大瀬良氏は「定住人口を追いかけるのではなく、グローバル関係人口をどう作るか」という発想の転換を提唱している。AIの進展により、優秀なエンジニアがデジタルノマドとして独立する傾向が強まり、1人で上場企業を立ち上げることも可能な時代が到来している。

 福岡市では、エンジニアビザやスタートアップビザなど、特区制度を活用した制度整備も進められており、海外人材の受け入れ環境が整えられている。

 デジタルノマドのような海外人材がその街で新しいビジネスを起こし、一定の経済効果をもたらす。人口減少社会において、人口が減ってもデジタルノマドのような生産性の高い人材に選ばれる街であれば、域内の経済規模を維持、または発展させることは可能である。

 逆説的ではあるが、そのような街にこそ人は集まってくると大瀬良氏は考えている。デジタルノマドとしても、永続的に旅を続けるわけではなく、先述のように自分の人生を見つめ直すために一定期間デジタルノマドとして暮らしている人も多い。福岡市としては、そのような人たちの滞在地として福岡を選んでほしいという狙いがある。

 このように、「Colive Fukuoka」は地方自治体がデジタルノマドを通して地域活性化を図る取り組みであると同時に、将来的なモデルケースとして大きな可能性を秘めていると考える。

 

自治体国際化協会

交流支援部経済交流課 主査 岩田史也(山口市派遣)

 

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