事例紹介

インバウンド誘客を見据え、エリア全体で“食の多様性”に取り組む 岩手県二戸市

 

小さな都市の大きな挑戦

 岩手県内陸部北端に位置する二戸市は、平成30年度より「にのへ型テロワール」事業に取り組んでいます。「土地」を意味するフランス語terre(テレ)から派生したテロワールとは、もともとはワインやお茶などの品種における生育地の土地の特徴を意味する言葉です。そこから発展させた「にのへ型テロワール」は、二戸で生産されたものをストーリーと共に五感で堪能してもらうことで、つながりを作り、誘客を図っていく産業体験型観光の取り組みです。

 

                                                       岩手県の内陸部北端に位置する二戸市        

                                               馬淵川の清流を挟んでそびえ立つ景勝の地、馬仙峡

 

 

 さらに二戸市では、平成25年より5年間、ニューヨークでシティプロモーションを実施。世界の漆芸品が数多く収蔵されているメトロポリタン美術館でのセミナーや国産漆の約七割を産出する二戸産の漆を使い作られた酒器で、二戸市産の日本酒を味わい堪能するイベントなどを開催しました。回を重ね二戸の風土や文化の背景を丁寧に説明することで徐々に浸透し、イベントに持参した漆器が完売するなど、二戸市の名産物が世界へのつなげるきっかけとなっています。

 

 そんな二戸市の新たな取り組みとして、民間企業3社が、二戸市や岩手県などと連携して「フードダイバーシティ(食の多様性)宣言」を2020年1月に行いました。フードダイバーシティとは、食の多様性のこと。現在、全世界にはベジタリアン(ヴィーガン含む)、イスラム教徒(ハラール)、ユダヤ教徒(コーシャ)を合わせると約18億人いると言われています。その他アレルギーなどの理由により食の禁忌がある方々が多くおり、日本へ訪れる外国人も増えるなか多様性ある食への対応が求められています。

 

         「二戸フードダイバーシティ宣言」は、ブッシュ大統領も日本訪問の際に訪れた

                  東京、西麻布のレストラン権八で行われた

 

 

 今回の宣言は食の視点から世界標準のまちづくりを目指し、インバウンド客の取り込みや輸出増につなげていこうとするもので、東京・西麻布で行われた記者会見に登場した藤原淳二戸市長も「人口27,000人の小さな都市からの世界に向けた大きな挑戦」と挨拶。市全体を巻き込んだ取り組みは全国初めてのものとなっています。

 

理由

種類

内容

宗教

イスラム教(ハラール)

イスラム教の戒律に従って調理、加工されたと認定された肉及び魚介類を食べる。アルコールは調味料であっても厳禁

ユダヤ教(コーシャ)

ユダヤ教の教義に従った安全な食品である認定を受けたものを食べる

ヒンズー教

牛肉を食べない

ジャイナ教

根菜類を食べない

仏教(主に台湾)

ベジタリアンで、かつ五葷(ネギ類、にんにく、にら、らっきょう、アサツキ)を食べない

主義

ヴィーガン

植物性食品のみ食べる(動物性の肉、魚、魚介類、動物由来のもの、卵、乳製品を食べない)

ラクト・ベジタリアン

植物性食品と乳・乳製品などを食べる

ラクト・オボ・ベジタリアン

植物性食品と乳・乳製品、卵を食べる

 

きっかけは南部美人の存在

 フードダイバーシティ宣言をするきっかけとなったのは、日本はもとより世界で名を知られる日本酒の蔵元「南部美人」の存在でした。

 南部美人では1997年より輸出を開始、現在では世界46ヶ国へ日本酒を届けています。2019年1月には世界で初めてヴィーガン認証を受けた日本酒としても話題になりましたが、そのきっかけは2013年に取得したコーシャ認証の取得だったと、代表取締役・五代目蔵元の久慈浩介氏は語ります。

 

株式会社南部美人 五代目蔵元の久慈浩介氏

 

 「2013年にユダヤ教の食の規定となるコーシャ認証を受けたきっかけは、その前年の2012年にコーシャ認証を取得した獺祭の桜井社長にアドバイスをもらったことがきっかけでした。桜井さんは『日本酒を世界に広めていくには、日本のことが好きな外国人や、日本にも来たことがあって日本食を食べたことがあって日本酒飲んだことがある日本ラバーの外国人に飲んでもらうだけでは限りがある。その先を目指さねばならない。それには様々な壁を乗り越えなければならない、その一つが宗教。イスラムの人はお酒がダメなので無理だけれど、ユダヤ教の規定であるコーシャ認証をとることは世界の市場に認められるには、分かりやすい』とアドバイスをくれました」。

 コーシャ認証審査のために、コーシャ・ジャパンから何度か人が来て、南部美人の蔵はもちろん、原材料となるお米の生産者の所まで行ったりと、さまざまな視点から徹底的に調べていったそうです。そのとき、同時にヴィーガン認証も取得することも考えたものの、当時問い合わせをしたヴィーガン協会からは、アルコールは認証の対象にしていないと断られたそうです。しかしその後、アルコールも認証できるようになったとの情報を得て、ヴィーガン認証を取得したのが2019年1月のことでした。

 

 南部美人はコーシャの認証を取得することで、輸出額が30%アップしました。また、昨年ヴィーガン認証を取得したことによって、それまで何度足を運んでも扱ってくれなかったレストランなどでも置いてくれるようになるなど、外国人観光客が多い飲食店を中心に取引先が確実に増えているそうです。

 

 「アフリカのウガンダに行ったのですが、ウガンダでは当たり前のようにヴィーガンやハラール対応がされていていました。日本は先進国と言われますが、世界から旅行に来た方が安心して、自分の主義・主張にあった食を楽しむことができる状況では決してありません。弊社の日本酒はコーシャ認証に続き、ヴィーガン認証を取得することで、多くの外国の方に選んでもらえるようになりました。日本人だったら日本酒がどんな材料で、どうやって作られるか知っているかもしれませんが、海外の方は知りません。選んでもらうために、彼らが知っている団体から認証をもらうことは、選んでもらいやすくなること。日本中の蔵元がヴィーガン認証を取得したらいいと思います」と久慈さんは熱く語ります。

 

 

先頭に立って市全体を牽引する3事業者  

 南部美人についで、2019年12月には南部せんべいの小松製菓がヴィーガン認証を取得。久慈ファームも熟レ鳥でハラール認証を目指すと発表したこともあり、世界中の食の禁忌のある方々でも安心して楽しんでもらえる世界基準のまち「フードダイバーシティ宣言」をすることになりました。今回の宣言は二戸市の事業者3社(南部美人、小松製菓、久慈ファーム)によるもので、それを二戸市や岩手県、ジェトロ盛岡が応援していく形なりますが、二戸市全体の多くの事業者と連携しながら実行していきます。

 

             二戸市の3事業者によって行われたフードダイバーシティ宣言は、

                今後さらなる他の事業者との連携も予定されている

 

 

 二戸市の総合政策部公民連携推進課の五日市寿丸氏も「フードダイバーシティ宣言」に可能性を感じ、市内の事業者や市民への説明がスムーズにいくよう行政としても側面支援していくそうです。

 「食の禁忌を持つ方は、日本に旅行にいらしてもどれが安心して食べられる物が分からず、困っている方も多いと聞きます。自国から自分が食べられる物を持参する方もいるそうです。これまでも二戸市では、にのへ型テロワール事業で食を中心に取り組んできました。食の多様性対応を推奨することで、これから増えてくる外国人旅行者の方々に“二戸市は、安心して食も楽しめる場所だ”と認識してもらいたいですし、ジャパンレールパスを持っている外国人旅行者の方には食事をしに新幹線に2時間40分乗って、二戸市に来てほしいと思っています。東京2020+1都市に選んでもらえることを目指せたらと二戸市でも取り組んでいきます」と語ってくれました。

 

日本中が、食の多様性に対応した場所へ

 「日本中の田舎が、食の多様性に対応するフードダイバーシティ宣言をしていけばいいなと思います。食の禁忌を持つ人も、通常食の人も、皆に優しい町が増えたら日本に旅行に来るお客さんも幸せで、日本に来る人がもっと増えるのではないでしょうか」南部美人の久慈さんが語っていた話も決して夢ではありません。

 

 日本を訪れる外国人観光客の楽しみの一つは食を楽しむこと。世界中からの観光客が日本へとやってくる現在、地域全体での食の多様性に対応していくことも必要な時代になってきたようです。

 

                                         (やまとごころ編集部

 

 

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