取材先:ヤマロク醤油株式会社、小豆島町
はじめに
木桶仕込みという伝統的な製法を生かし、全国に点在する28の醤油の蔵元が連携して「木桶醤油」をブランド化し、世界各国への海外輸出に取り組んでいる。同一の品目で産地をまたいだ連携は他に類を見ないが、どのような産業・地域でも応用し得るものである。自治体や企業でも、自地域内にとどまらず、他地域との連携可能性を検討していくことが求められる。
本稿では、生産基盤である木桶製作技術の継承の危機から始まった、取組の歩みを紐解いていきたい。
木桶醤油とは
醤油は言うまでもなく日本を代表する調味料であり、近年の世界的な和食ブームも相まって、海外輸出も盛んに行われ、海外のスーパーでもよく見かけるようになった。
その中でも、古くから受け継がれる木桶で発酵・熟成をさせてつくる木桶仕込み醤油は、木桶に住みついた菌が複雑な風味と深いコクを生み出し、地域の逸品として取り扱われている。古くは国内生産の全量が木桶によるものだったが、大量生産が難しく、手間やコストがかかることから、現代では木桶による生産量はわずか約1%まで低下し、価格競争やつくり手の減少といった課題に直面していた。
地域・企業間連携のきっかけ
そしてもう一つ、木桶醤油の命とも言える「木桶」そのもののつくり手が、知らず知らずのうちに消滅の危機に瀕していた。
香川県小豆島にあるヤマロク醤油の五代目である山本康夫氏は、あるとき、大阪の業者に木桶修理を依頼した。すると業者から、「醤油屋から桶修理の注文が来たのは戦後初めて。そのうちやめるつもりだ」と言われた。五代目はまずいと思った。自分が生きている間の桶はなんとかなる、けれど次の代に本物がなくなってしまう。そこで思い切って大工の友人と一緒にその業者に桶づくりを習いに行くことにした。
「伝統とは、駅伝だと考えている。すなわちタスキを先につないでいくもの」と五代目はいう。自分の蔵だけ醤油が売れても、木桶の需要は伸びない。けれど、1%の木桶醤油市場をみんなで2%にすれば木桶の需要ができる。そうして日本各地の木桶仕込み醤油の蔵元に連絡を取り、連携して取組を進めることとなった。
年中予約なしで蔵見学を受け付けるヤマロク醤油
木桶職人復活プロジェクト
活動をさらに広げるため、毎年1月には、小豆島に全国から蔵元や飲食・流通関係者などが集まり、新桶づくりや木桶の知識・技術の学びに取り組む「木桶職人復活プロジェクト」も始まった。
この取組では、木桶を通して業種を超えたつながりが構築されている。つくり手同士が切磋琢磨することで、更なる品質向上や、モチベーションの向上につながっているだけでなく、醤油を取り扱う飲食店や流通関係者などが参加し木桶について学ぶことで、メーカーだけでなく、重層的に伝統産業の次世代への継承が図られている。
海外進出・市場選定の理由
あるとき知人から五代目に「どうせなら国内だけでなく、世界の市場の1%を目指したら良いのでは」との話があった。確かに考えてみれば、世界の1%が目標なら、大衆ではなく一部のマニアの心をつかめば良いし、それだけで十分な市場規模である。そこで彼らは、海外に向けて木桶醤油の輸出を進めていくことにした。
特に欧米では、ワインやウイスキーなどの樽熟成の文化が根付いており、木桶仕込み醤油の価値に対する理解が比較的得られやすいと考えられたことから、欧米を主なターゲットとして市場開拓を進めることとされた。
時代を越えて受け継がれる木桶が並ぶ蔵
高付加価値を生み出すブランド戦略
具体的な取組として、海外に向けて「KIOKE SHOYU」として蔵元をまたいで統一ブランド化し、英語ウェブサイトを立ち上げて木桶醤油の歴史文化やつくり手の思いといったストーリーを付加価値として発信している。「soy sauce」ではなく敢えて「shoyu」と表現したのは、タンクでつくる量産品との差別化をより意識的に図るためである。soy sauceは日常品、shoyuは嗜好品との違いを表現し、付加価値の高い特別な逸品としてブランディングを図っている。
木桶醤油は高級ワインに例えられ、蔵元毎のテロワール(気候風土)の違いや品質が海外の一流シェフや美食家からも高い評価を得ている。また、伝統製法を守る姿勢は、クラフトマンシップとして高く評価されている。
そして五代目は、ブランドを守るには、継続的な取組が不可欠であるという。ヤマロク醤油では、毎日欠かさずSNSを通じた日本語と英語での情報発信に取り組んでいる。「今は翻訳アプリもあるし、誰でもできる簡単なことだけれど、毎日やる人は意外といない。木桶醤油ファンをつかみ続けるために、伝え続けることが大事なんです。」
年中予約なしで来訪者の蔵見学を受け付けるヤマロク醤油には、近隣、国内にとどまらず、遠くは海外からの来訪者も絶えない。最近では海外メディアからの取材も増えている。見学者の中にはバイヤーやシェフなどの業界関係者も多く、その場で商談が進むことも少なくないそうだ。蔵で目の当たりにする百年以上も菌が息づく木桶と、そこで語られる物語を聞き、醤油の価値が伝わっていく。
見学者用スペースも充実
他産業への波及と地域経済の好循環
木桶醤油の取組は、関連産業にも波及し、地域経済に好循環を生み出している。
蔵見学の受入れや積極的な情報発信により、来訪者が増加し、観光面での動きが生まれている。また、小豆島では国際基準を取り入れた持続可能な観光地づくりを推進しており、取材をした小豆島町によると、国際的な認証に当たっても、伝統文化継承は高く評価されている、とのことである。
こうした外部からの評価や来訪者の視点は、地域資源の価値の再認識を促す契機となっている。小豆島には醤油に加え、瀬戸内海やオリーブなど多様な地域資源が存在するが、外からの視点が加わることで、それらの魅力が改めて見出されるようになっている。
その結果、地域では商品・サービスの新たな開発や磨き上げといった動きも生まれている。外部への発信と評価の獲得が、地域内の主体による次の行動を引き出し、産業を超えた展開につながっている。
今後の展開・課題
一方、今後の取組の展開に当たって課題がないわけではない。次の世代に木桶醤油を受け継いでいくためには、若手が育っていく必要がある。この木桶醤油の取組では、積極的に若い世代に事業を任せ、受け渡しを進めている。
また、取組が成功するにつれて、木桶醤油のブランドだけを利用しようとする者も現れてきたという。ブランドを守るため、売れるためにブランドだけを利用し、志をともにしないような蔵元とは連携しないこととしているそうだ。
「どうしてライバルと連携できるのかとよく聞かれるが、簡単で、仲良くなれば自然と協力するようになるんです」と五代目はいう。蔵元が連携することで、木桶製作をはじめとする難題にも、連携して解決の道を生み出している。
梱包資材にも情報発信力が光る
終わりに
日本国内の市場縮小が懸念される中、各地で海外輸出の取組が行われているが、特に中小規模の企業が単独で輸出に取り組むことは、様々な面で容易ではない。
本取組は、同質性の高い商品群によりブランドの統一が可能であり、共有可能なストーリー資源を活用することで高付加価値化を実現し、さらに主体間の信頼関係によって競争関係を超えた協調行動が成立するという構造の下で成り立つ広域連携モデルと整理できる。そしてこのモデルは、切り口によって国内のどんな地域、どんな規模の生産者でも応用可能なものである。
その地域の中だけでは解決できない課題も、他地域と連携することで解決できるかもしれない。自治体や企業の戦略立案に当たり、自地域にとらわれることなく他産地と連携をすること、また自治体にあって他産地との連携を促進・調整する役割を担うことは、政策・経営上の有力な手段となり得る。
本取組は民主導で展開されているが、その過程では、関係者をつなぐ調整機能や、地域外との連携を後押しする役割が重要となる。自治体は、連携促進の調整役として、場づくりや情報発信、外部との接点の創出等に関与し、同様の取組を支えることが可能である。こうした役割は、地域振興における自治体の機能の一つとして、一層重要性を増すであろう。
地域には、多種多様な伝統産業・文化が根付き、それが日本の魅力をより輝かせているが、木桶醤油の蔵元だけでなく、私たちもまた、私たちを豊かにするそれらの価値を失う危機に直面している。地域の価値のタスキをつなぎ、広めていくために、木桶醤油の取組のように、産地をまたいだ連携も有効な選択肢の一つとして検討すべきである。
自治体国際化協会
交流支援部経済交流課 主査 三上尋恵(北海道派遣)
[ENGLISH]







