●はじめに
東日本大震災から11年が経過し、震災の記憶を風化させないよう、そしてこの教訓を次世代に伝承し
ていくよう、様々な取り組みを行っている宮城県。
観光分野においては、震災の経験から生まれた学びを被災県ならではの強みととらえ、インバウンド観
光客のさらなる誘客を目指しています。
宮城県の取り組みの軌跡と今後の展望とは。今回は、宮城県復興・危機管理部 復興支援・伝承課 震災
伝承班班長の伊藤氏、経済商工観光部参与の本郷氏、みやぎ教育旅行等コーディネート支援センターの高
橋氏にお話を伺いました。
●震災直後の課題は風評被害の払拭。安心情報の発信によりインバウンド回復を。
―(本郷氏)震災直後は、国内外の観光客は激減してしまい、いかにして観光客に戻ってきてもらうか
ということが大きな課題でした。特に震災前に多くの観光客が来ていた香港、韓国、シンガポールで
は、津波の被害よりも東京電力福島第一原子力発電所の事故による風評被害の影響が根強く、まずは
誤った認識を払拭するための安全情報や被災地の正確な現状を発信していく必要がありました。
―(伊藤氏)当時は、各国、各地域での旅行博などでの発信を見据えて、宮城県の観光担当部署が中心
となり、復興支援への感謝や震災後も問題なく観光ができることを伝える映像、広報誌の制作等を行い
ました。
国や隣県などとも連携した様々な取り組みの結果として、震災後に大きく落ち込んだ本県の観光客入
込数は、2016年には県全体で震災前と同水準まで回復、コロナ前の2019年まで増加傾向で、インバウ
ンド観光客数においても過去最高を更新し続けていました。
しかしながら、内陸部の観光客が順調に伸びた一方、被害の大きかった沿岸部(石巻・気仙沼地域)
では、2020年にようやく震災前の水準に戻るなど、観光客の回復状況に差が出ているのも現実です。
沿岸部へのさらなる交流人口の拡大が本県の課題であり、沿岸にも足を運んでもらえるような風光
明媚な自然や食など魅力的な情報の発信に加え、体験型観光・復興ツーリズムの推進に取り組んでいま
す。
●震災から得られた教訓を次世代につなぐ、震災伝承施設等を整備。
―(伊藤氏)復興が進む中で、被災県では、震災から得た教訓を次世代に伝え継ぎ、防災意識向上の必
要性を国内外に広く伝えていく責務があるという思いの下、教育旅行の誘致や復興ツーリズムの推進な
ど、沿岸部へのさらなる誘客に向けて取り組んでいます。
東日本大震災では、本県の北から南まで広域的に被害が広がっており、地域毎に被害の状況や、得ら
れた教訓が異なります。そのような中で、各地では発災直後から語り部活動などが始められたほか、沿
岸市町では震災遺構などの伝承施設の整備が進んでおり、震災について学習できる環境が整いつつあり
ます。
主な風化防止・伝承施設等(「みやぎ・復興の歩み11」[ⅰ]より)
さらに、2021年6月には、「みやぎ東日本大震災津波伝承館」を整備し、東日本大震災と同じ悲しみ
と混乱を繰り返さないために、展示や映像を通して震災の記憶と教訓を長く後世に伝え継ぐ様々な取り
組みを行っています。
「みやぎ東日本大震災津波伝承館」の外観(左)と内容(右)[Ⅱ]
リアルな津波の映像や被災者の証言等により、津波から命を守るためには「逃げるしかない」ことを
訴える映像をはじめ、県内の伝承施設や語り部活動を行う団体等のほか、震災を契機に生まれた地域の
復興に関する取り組み等を紹介するなど、被災の状況や津波から尊い命を守るための教訓等をパネルや
映像を用いて伝えるというものです。
特に、各地でしか学ぶことができないことも多いことから、来館者を現地に誘うことにも力を入れて
います。そうした意味で、本施設は、ゲートウェイとしての役割も期待されています。
●震災伝承施設を活用した震災学習プログラムで台湾訪日教育旅行を誘致。
―(高橋氏)こうした震災伝承施設等に加え、沿岸部への台湾からの教育旅行誘致にも力を入れていま
す。
台湾の訪日教育旅行は、そのプログラム内に学校交流、民泊(ホームステイ)、日本文化体験が含ま
れていることが必須であり、台湾からの教育旅行の誘致に力を入れている各自治体は、どこも上記3点
を揃えていますが、本県はこれにプラスした4点目として震災学習を取り入れ、他地域との差別化を図
っています。
震災学習は、実際に被災地を訪れ、伝承関連施設や震災遺構の見学、地域の方々との出会いを通じ、
命の尊さや防災・減災について学ぶプログラムです。
本県における台湾向け震災学習の中心的な受入先である南三陸町は、台湾の支援により再建できた
公立病院があり、加えて、その支援に感謝したいという住民が多く、受入先としてこれ以上の地域は
ありませんでした。
台湾現地での誘致活動や招請事業を行うにつれ、確かな手ごたえを感じたことから、本格的な誘致
と相互交流を進めるため、2014年11月に宮城県観光連盟と仙台市の交流促進協定締結都市である台
南市の台日友好交流協会(現台日文化友好交流基金会)の間で、双方を行き来する教育旅行を支援す
る覚書を締結しました。
受入人数はコロナ前まで例年増加傾向にあり、2015年度は4校228人の受け入れだったところ、
2020年度は22校810人を受け入れるまでに至っています。
南三陸町震災学習の様子(台中市立台中女子高級中等学校)
―(本郷氏)台湾では、自然災害が多く発生するため、防災・減災に対する関心が高く、東日本大震
災の教訓は台湾の方々にとっても大いに役立つもので訴求力があるものと理解しています。
教育旅行は、被災地への誘客だけでなく、国際理解教育や人的交流という教育的メリットも大きい
ものです。
また、来てくれた生徒たちがリピーターとしてまた戻ってきてくれたり、帰国後に宮城県の良さを
周知してくれることで、他の方々の来県にもつながるなど、将来のインバウンド観光客の誘致も期待
される重要な取り組みです。
●SIT[ⅲ]のインバウンド観光客をターゲットに、さらなる誘客を目指す。
―(伊藤氏)県内各地において震災伝承施設の整備が進んでいる一方で、これまで多言語での情報発
信が十分にできていなかったことが課題でした。
今後の展開としては、復興ツーリズムをSITとして、本県の復興や伝承への関心が高いインバウンド
観光客をターゲットに、多言語での情報発信を行うとともに、海外からも情報にアクセスできるよう、
オンラインコンテンツの拡充に取り組み、被災地へのさらなる誘客を進めたいと考えています。
現在、「みやぎ東日本大震災津波伝承館」の展示に関しては、既に多言語化対応をしているところ
ですが、今後はパンフレット等広報物の多言語化を進めるとともに、例えば「VR伝承館ツアー」など
のコンテンツをweb上で公開することで、事前に概要をつかむことができるなど、効果的な学習につ
ながるよう伝承コンテンツの拡充・多言語化を進めます。
また、主要施設や復興の象徴的なスポット等を結んだモデルコースについて、取材した記事や外国
人来場者の感想を交えて紹介することで被災地の周遊を促進する多言語パンフレットの作成に取り組
みます。
●語り部の経験をいかにして伝えるか。求められる多言語化の課題。
―(伊藤氏)インバウンド観光客の受け入れにあたってはまだまだ課題がありますが、その中でも語
り部等の話を正確に伝えることができる通訳者について課題を感じています。
防災・減災教育において、実際に被災された方々の当時そこで何が起きたのか、実際にどのような
状況だったのかという話に多くの学びがあるところ、語り部の生の声をニュアンスや臨場感も含めて
正確に通訳できる人材が十分ではありません。特に語り部の方々は方言もあるため、通訳が難しいと
も感じています。
―(高橋氏)南三陸町には、台湾出身の語り部がおり、自らの被災体験を直接中国語で説明すること
ができます。現状として、台湾からの教育旅行の行先は南三陸町に集中しており、我々としては他の
地域での受け入れも進めていきたいと考えていますが、このような言葉の壁があり、なかなか進んで
いないのが現状です。
また、教育旅行の性質上、潤沢な予算が組めないため、台湾からの添乗員が通訳も兼ねていますが、
観光専門の添乗員が震災語り部の話を正確に訳すことは非常に難易度が高いと思われます。
台湾の学校関係者からは「実体験の話は、生徒たちの心にとても響く。」という声をいただいてお
り、やはり、正確に話の内容を伝えられるための工夫(添乗員との事前打合せ等)は今後の課題かと
思います。
●おわりに
いかがでしたでしょうか。東日本大震災の甚大な被害から、見事観光客を回復させた宮城県。震災
の記憶の風化を防ぎ、次世代への伝承に取り組むとともに、震災の経験そのものを一つの強みととら
え、インバウンド観光客のさらなる誘客を試みております。今後の取り組みにも注目です。
(経済交流課 中込)
(https://www.pref.miyagi.jp/site/ej-earthquake/ayumi.html)
(https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/densho/miyagi-denshokan.html)
[ⅲ] Special Interest Tourの略。スポーツ体験や観戦、文化体験等、特定の興味や目的に絞った旅行のこと。