一般社団法人しまなみジャパン
坂本大蔵
1 はじめに
しまなみ海道の概要(サイクリストの聖地)
瀬戸内しまなみ海道が1999年に開通して、今年で26年目を迎える。本州と四国を橋で結ぶ3つのルートのうち、海峡を自転車や歩いて渡れる唯一のルートであり、瀬戸内海の美しい島々の景観とサイクリングを楽しめる人気のスポットとなっている。全長約70kmのサイクリングコースは「サイクリストの聖地」と呼ばれ、日本国内のみならず世界中からサイクリストが集まるようになってきた。特にこの10年近くの間に海外から高い評価を得るようになり、2013年に日本を訪れる外国人向け旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で一つ星の評価を得て、2014年にはアメリカCNNの旅行情報サイトで「世界で最もすばらしい7大サイクリングコース」の一つに選ばれている。オーストラリアの旅行ガイド「ロンリープラネット・JAPAN」では、しまなみ海道のレンタサイクル旅が詳細に紹介され旅行者を誘引する一助となっている。
しまなみジャパンの役割(観光DXの必要性)
しまなみジャパンは2017年に設立された観光地域づくり法人(DMO)、本部:愛媛県今治市)で、しまなみ海道エリアにおけるマーケティング、プロモーションおよびレンタサイクル事業を展開し、しまなみブランドの確立と地域振興に取り組んでいる。レンタサイクル事業は広島県尾道市から愛媛県今治市までのルート上で10か所のターミナルに約2,000台のレンタサイクルを有し、年中無休で運営され、2023年度には約12万7千台の利用実績がある。このうち外国人の利用客数は年々増加し、2024年度はこれまでの最多利用客数を更新しており、全体の約1/3を占めるまでに拡大している。
このレンタサイクルの利用実績が唯一の定量的な数字となっており、その貸し出しや返却は対面式で行っているにも関わらず、利用申込書が手書きの紙ベースで管理しているため、利用者の属性や行動記録が残らないうえに、その顧客データすらも蓄積が困難で、活用できない現状が課題であった。
2 アプリ導入の背景と目的
DXへの取り組み
様々な課題解決のため、2023年度に観光庁の補助事業により、レンタサイクルを基軸とした観光DX化に取り組んだ。これまでアナログで行ってきた手続きをデジタル化し、キャッシュレス決済を導入するとともに、スマホアプリを開発・実装化してレンタサイクル利用者にしまなみ海道の周遊アプリを提供し、観光情報の提供やサイクリングコース検索、走行旅程の作成、地図表示を行うこととした。特に、プッシュ通知やレコメンド機能を持たせることで、消費行動へとつながるような立ち寄りの行動変容を促すものとしている。
さらに、このアプリから利用者のGPSログによって走行経路や訪問地点などのデータを蓄積してデータ連携基盤を構築する。集められたデータはダッシュボードを用いて可視化され、データ分析や傾向の把握を行うことができる。
利用者の利便性向上と地域経済活性化
デジタル化は、レンタサイクルの予約に威力を発揮し、ペーパーレス化によるデジタル管理が可能となり、手続き時の利便性の向上が図られた。また、キャッシュレス化は手元に現金が残ることで心理的な負担感を和らげて、旅先での不安感の解消につながり、サイクリングでの周遊促進や消費拡大が図られた。
3 アプリの主要機能
飲食店やお土産店への誘導通知機能
スマホアプリ「しまなみJAPANアプリ」に登載された機能
【旅マエ】
観光情報やサイクリングコースの情報収集、走行旅程の作成、予約システムと連動した予約機能
【旅ナカ】
地図表示や観光情報検索に加えて、時間・位置情報・走行距離や走行時間に応じたプッシュ通知や音声情報のレコメンド機能
【旅アト】
自転車の走行ルートを記録し、それを用いたオリジナル画像を作成し、SNSに投稿できる機能
なかでも、GPSログによって行動実態がリアルタイムに連動してわかることから、その時に・その場所で・その人に応じたプッシュ通知が可能となり、ここから先の立ち寄りを誘導することができる。これまで気づかなかった名所や飲食店、道の駅やお土産店が分かることもサイクリングでの周遊促進や消費拡大につながることとなる。
4 キャッシュレス決済の導入とその効果
インバウンド対応の強化と、多言語対応などの計画
キャッシュレス決済については、インバウンド客の利用はほぼ100%に近い利用で、国内客が70%強となっている。これまでは現金決済のみであったため、受付時にATMを探す姿や多額の現金を持ち合わせていない外国人の方が苦労する姿が見られていたが、ようやく今の時代に即したものとなった。さらに、スタッフが何年にも渡って「キャッシュレス決済はできません」と言い続けてきたのが「できます」と対応できるようになり、カスタマーファーストの意識が高まり、モチベーションが上がっていった。
こうした業務改善により、利用者へのサービスに時間が割り当てられるようになり、ユニバーサルコミュニケーションサービスの13言語に対応した翻訳ディスプレイを導入して、日本語や英語以外の言語にも対応できるよう一歩進んだ取り組みへと進んでいった。
5 地域活性化への期待(地域経済への貢献)
データ分析による地域の集客施設や飲食店の利用促進
レンタサイクル利用者のデータが取れるようになってきたことで、予約台数の動向が把握できるようになり、予約枠を倍増させることができた。利用者はレンタサイクルの予約が確実に取れたことで、旅の計画がより具体化し、出発の確実性が高まり、利用者と地域の双方にメリットをもたらすものとなった。
さらに、サイクリストの行動が可視化されることで、これまで気づかなかった名所や飲食店などが発掘され、地域内の観光事業者がアイデアを創出したり、新事業を検討できるようになった。また、行政や地域住民もサイクリストへの安全対策や受け入れ環境整備の施策化につながる検討も可能となった。
6おわりに
今後の展望(しまなみジャパンの今後の戦略)
しまなみ海道は観光サイクリングとしての広がりが顕著となり、インバウンド客も口コミにより、「自転車に乗っているなら一度はしまなみ海道へ」を合言葉に日本での旅行行程に組み込んでくれるようになった。しまなみJAPANアプリも英語対応はしているものの、PR不足とアプリダウンロードの障壁により海外の方への浸透は十分ではない。しかし、不慣れな土地で現在地の把握が容易にできることや、この先にある名所や飲食店などの立ち寄り箇所は有用な情報になるはずである。これからは、情報の提供とデータの活用により、滞在時間の拡大を図り、さらなる消費拡大へとつなげていく必要がある。
全長約70kmのサイクリングは一日での走行が可能であるが、できれば地域内で宿泊してもらえるように、さらに1泊から2泊へ、しまなみ海道だけでなく隣接するゆめしま海道やとびしま海道へのサイクリングへと誘客すれば地域の経済効果はより大きくなる。「サイクリストは地域資源」と言えるように、サイクリストをきっかけに地域が潤うエリアマネジメントが実践できるよう取り組んでいきたい。