奈良県明日香村は非常に厳しい開発制限がかかっているため、大型娯楽施設や大規模ホテル建設ができない地域です。飛鳥時代の史跡群が点在することを除けば、全国の地方でよく見られる田園風景が広がっています。
しかしながら近年、この田園地域に教育旅行で訪れる外国人学生が増加しています。その背景には、自然豊かな地域の一般家庭に滞在し、料理作りや畑作業など様々な体験プログラムを通して、住民と交流する「大和・飛鳥民家ステイ(以下「民家ステイ」)」の取組があります。本事業実施主体である一般社団法人大和飛鳥ニューツーリズム(以下「事務局」)の下田正寿業務執行理事から「民家ステイ」について話を聞きました。
背景
■民家ステイの導入背景について教えていただけますか?
「どこの地方でも同じかもしれないが、少子高齢社会で村の過疎化が深刻な問題になっています。何か動き出さなければならないという焦燥感もあり、奈良県商工会連合会主催のセミナーで集まった有志で、体験型のプログラムを企画し、村から助成を受けて協議会を設立しました。」
「原風景を観光PRに謳う地方自治体は全国的にたくさん見られますが、明日香村だけがその中で法律の根拠を持っています。同様の法律が京都や鎌倉といった古都にも適用されていますが、市内の一部地域のみです。行政区域全域が当該法律の規制を受けているのは全国でも明日香村だけです。実は、この話を旅行業者と商談する際にPRしています。」
「村及び奈良県商工会連合会と共同してシンガポールからのFAMツアーを開催したのがインバウンドを意識したきっかけです。思っていたよりも反響がありました。また、アジア圏の観光客は関西空港を発着点として観光される方が多いと聞いており、ここに着目して、空港から村までのアクセスの良さも併せて日本政府観光局(JNTO)主催の商談会で台湾旅行業者や教育旅行関係者向けにPRしました。一方、プロモーション活動も大事ですが、実は旅行業者間や学校間の口コミで広がったところも大きいと思っています。」
取組内容
■民家ステイとはどのような事業でしょうか?
「民家ステイはおもてなしの事業ではありません。教育プログラムです。歴史や文化を学びながら、受入家庭との交流体験を通じて、より深く日本や明日香村について知ってもらいます。交流体験には、農作業体験や史跡巡りなど受入家庭により様々な体験プログラムを実施しますが、特に事業で重点に置いているのが共同調理の体験です。食育という視点で、食材や調理方法を学びながら、受入家庭と一緒に食事を作ってもらいます。作る食事は家庭によって異なりますが、カレーやハンバーグなどの洋食を作ったりはしません。日本の田舎・家庭料理だけです。中には、恥ずかしがり屋で無口な子供たちもいますが、受入家庭側から積極的に話すようにセミナー等を通じて指導もしています。また教育目的のステイでもあるため、本事業で実施している体験型プログラム以外にも、行政にコーディネートを依頼して学校同士の交流も行っています。」
■実施体制や受入の管理はどのようにされていますか?
「事業には、行政をはじめ多くの団体が関わっていますが、ワンストップ窓口として当事務局が旅行業者からの受付を担当し、予約や手配などから実施、受入家庭の管理まで行っています。相談や受入中のトラブルも事務局で対応しています。受入体制を良くするため事務局で定期的にセミナーを開催し、受入家庭に助言や指導を行っています。また年に数回、地元大学生にモニターになっていただき、民家ステイの内実について報告していただいています。外国からの学生が多く訪れるにつれ、近隣市町村の住民からも受入を始めたいとの声を聞き事務局で登録してもらっていますが、登録する際には、個別に訪問して、本事業の意義など時間をかけて説明し、理解の上で参加していただいています。当初と比べて実施地域が広域化していますが、広域化を目指しているわけではありません。事務局で管理できる範囲で事業を実施していきたいと思います。何かトラブルがあった場合には、民家ステイ全体に響きますから。」
■外国人学生の受入について、地元では何か反響がありましたか?
「教育目的の学生は、各国の国名と学校名の看板を背負っていますから、マナーが良く、モラルがある生徒が多いです。事前に日本語や日本文化を学習されている方も多いようです。受入家庭の中には、英語が得意な方もいますが、日本での生活体験をしてもらうため、できるだけ日本語で話していただくように指導しています。」
成果
■民家ステイを実施してから、どのような成果がありましたか?
「成果と言えるものは4点あります。第一に、経済効果が大きいことですね。観光関連産業(宿泊、飲食など)に参画してくる事業者数が、事業実施してから約10事業者も増加しています。合わせて商工会の会員数も15事業者程度増加しました。地域経済への波及効果も大きいと思います。第二に、受入民家にも本業以外の副収入が入っていることです。第三には、受入家庭からの声を聞くと「生きがい」作りにもなっているみたいです。最後に、民家ステイを通して草の根の国際交流ができているところでしょうか。」
今後の展望・課題
■今後の展望について、教えていただけますか?
「事業資金で行政に頼っていたところですが、一般社団法人化したこともあり、事業に係る経費を自走できる体制づくりを強化しているところです。旅行会社へのPRや事業の収益性を考えると、教育旅行だけで拡大していくには限界がありますね。インバウンド向けの商談会では、年々競争が厳しくなっているのを肌で感じています。どこの地方でもインバウンド客を取り込むのに必死ですから。今後はFIT(個人旅行者)や企業研修先としての受入もできるように体制を整えていきたいと考えています。そのためには、飛鳥地域として外国人にPRできるようブランディングの必要もあると考えています。」
明日香村で展開されている「民家ステイ」は、地域が取組むインバウンド政策の成功例だといえます。事業成果は、グラフが示すように堅調に実数を伸ばしています。
インバウンド政策というと、訪日外国人に快適に過ごしてもらえる街づくりをイメージしますが、明日香村の民家ステイでは、既存資源を活かしながらも村が本来持っている「日常」を訪日外国人に開放している点で、従来のインバウンド政策と違いがあります。
一般的に、事業の進展に伴い課題が生じたり、管理体制が十分に行き行き届かなくなったりする場合もありますが、本取組では、当初から事務局が率先して管理体制を強化していく仕組みづくりを構築されてきたことによって、多くのリピーターを伴う事業に成長させることができたと取材から伺えました。
(経済交流課 松本)
<参考>
○受入総泊数
平成23年度 96泊 (内 海外 0泊) 平成27年度 4,250泊(内 海外2,348泊)
平成24年度 311泊(内 海外 284泊) 平成28年度 5,545泊(内 海外2,364泊)
平成25年度 2,379泊(内 海外 482泊) 平成29年度 5,633泊(内 海外2,731泊)
平成26年度 2,920泊(内 海外 917泊)