日本食は今や全世界的ブームとなり、健康を気遣う人々に愛されている。しかし、日本産米(海外ではなく日本で生産されたもの)の普及率はまだこれからといった段階ではないだろうか。ベトナム、カリフォルニア、オーストラリアなどで生産される日本米の品質も年々上がってきている中、日本産米輸出拡大市場は訪日経験者を中心とした本物志向が高まっている東南アジアにあるのではないかと考える。今後3回に渡り、東南アジアでの日本産米の評価の変化や今後の可能性につき、現地での取組事例も交えて紹介する。
■日本のお米はスティッキーで美味しくない!?
シンガポールに移住した1992年当時、多くのシンガポール人にとって米といえばタイ米などのインディカ米であり、日本米(ジャポニカ米)はスティッキー(べたついて)で好ましくないと感じる人が圧倒的でした。確かにシンガポールを中心とした東南アジアで好まれる料理には油を使った料理が多く、炊き上がりがさらさらとしたインディカ米の方がマッチします。その代表格がチャーハンではないでしょうか。
もちろん日本人駐在員をターゲットとした日本食店では、日本米や日本産米のご飯を食べることができましたが、東南アジアの多くの人々は日本に縁がある人でないかぎり日本米のご飯を美味しいと評価したり、食べたいという欲求に駆られる人は皆無に等しかったものです。日本食が好きという人がいたとしても日本人から見ると、どちらかというとローカル風にアレンジされた“なんちゃって日本食”の方をむしろ好む傾向がありました。
ところが最近では世界中で日本食ブームがわき起こっているということもあり、日本米を使った日本食がようやく一般化してきています。日本米の専門店までできているのですから、日本人としては誇らしく喜ばしいことです。しかし”日本産米(日本で作って日本から輸出されている)“は、通常の日本米(日本以外のカリフォルニアやベトナム、オーストラリアで作られている)に比べて数倍の価格ということもあり、日本人が本当に「美味しい」と感じているような日本産米が世界に普及するにはまだまだ時間がかかりそうです。
■寿司が及ぼした日本米普及革命
2000年代になり回転すしが登場すると、世界中に寿司ブームが広まりました。もちろんシンガポールでもブームが起こり、寿司が一般的な食べ物になりました。それまで寿司は高級日本食レストランや寿司専門店で、日本人の駐在員が食べるものというイメージがありましたが、ようやく一般の人にも普及しはじめたのです。当然寿司といえば、さらさらしているインディカ米より粘り気があって固めやすいジャポニカ米=日本米でないと握れません。
そのためこの寿司ブームをきっかけに、日本米や和食の評価は上がったということがいえるでしょう。でもこの時点ではまだ、“日本産米”ではなく、より安価なカリフォルニア産、オーストラリア産の“日本米”が主流でした。“日本産米”は高価であると同時に、そこまでジャポニカ米を評価できなかったシンガポール人にとって必要とされていませんでした。
■なぜ寿司ブームが起こったのか?
シンガポールに限らず日本食が海外に普及しはじめた理由のひとつとしては、1970年くらいからフランスなどで起こったヌーベルキュイジーヌ(新しい料理方法)の影響もあります。日本人は長寿でスリムな人が多いが日本料理=ヘルシーなものを食べているからであるというイメージが先行しました。この考えはハリウッドにも普及し、その影響が全世界に広がり、シンガポールや東南アジアにも影響が波及したという流れになると思います。
では、なぜ他の和食をさし置いて寿司ブームが起こったのでしょうか?
元々生魚を食べる習慣のない外国人にも当時人気のあった寿司は、アメリカで生まれた寿司(逆輸入されたケース)のカリフォルニアロールの類に属します。カルフォルニアロールはアメリカで寿司店を展開する日本人板前が考え出したものですが、生魚を食べる習慣のないアメリカ人向けに、生魚を使わず(とび子※は使う)外人が苦手な海苔(黒色と磯臭さがダメ)を裏巻きにしたことが、一気に寿司が親しまれる原因になったというのが定説です。
寿司本来のご飯を固めてその上にネタを乗せ、巻物にして中身とご飯を海苔で食べるという原型を維持しながら、世界各地で好みに合わせて自由にアレンジできる料理法が人気を集めました。これも他の日本料理に先んじて、寿司が海外で普及するきっかけとなった大きな理由と思われます。
日本米普及の立役者は寿司でしたが、いまのシンガポールでは、おにぎり、丼もの、和定食などの専門店も登場するまで日本米が一般的になってきています。
巷ではまだまだ“日本産米”を直接購入する人は少なく売上高はこれからですが、個人的には十分に勝算はあると思っています。
次回は具体的な事例について書かせていただこうと思います。
※トビウオの魚卵を塩漬けにしたもの。
(執筆者)
クレア プロモーションアドバイザー
和テンション株式会社代表取締役
鈴木 康子